2021/03/04
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戦略HRBPから見た、人・組織・事業・経営の現在&これから
第10回
心理的安全性と「象(エレファント)」のおはなし
- キャリア
- 組織
- 桜庭 理奈氏 35CoCreation合同会社 CEO
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わたしが初の海外勤務でシンガポールへ移住した時、初めてのチームミーティングがありました。
そこには、アジアパシフィック地域統括のCEO、CFO、各部門のGM達がずらっと勢ぞろいしている中で、今後の事業戦略として、ひとつの事業を閉鎖するかどうか、という苦渋の決断について話し合う場でした。
その事業は、ここ3年連続で目標売上に未達の事業であり、赤字が続いていました。
ただし、同時に数々の展開する事業のうち、いちばん歴史があり、同社のお家芸とでも言える市場でのブランドも確立していました。外資系でありながらも、平均勤続年数が20年と、永年勤続の表彰を受けるようなチームメンバーが何人も所属していました。もし事業を閉鎖するとなれば、長年その道のスペシャリストとして切磋琢磨してきた彼らには、別の事業部へ異動して活躍してもらう必要がありますが、平均年齢が48歳であるチームメンバーが、新しい分野でゼロからキャリアを作っていくことへ不安や抵抗を感じることは、想像に易しかったのです。
とはいえ、赤字を垂れ流しながらこのまま走るわけにもいかず、欧州にある本社からは、事業を閉鎖するか、別の方法でコストの圧縮をするようにとのお達しもあることは、参加していたリーダーたちはみな頭ではよく分かっていました。CEOが今回の事業閉鎖をどうして実行しなければならないかの事業状況の背景を説明し、そのあとCFOが財務的なロジックをリーダーたちへ説明し、さらにCHRO(最高人事責任者)である、わたしの上司が、今回のリストラクチャリングを進めるにあたって、いかに労働法上問題がないステップを踏むのかを、順番に説明しました。部屋の中は、重苦しい雰囲気に包まれました。
CEOが「皆さんから質問やコメントはありますか。忌憚のない意見を述べてください。ここは心理的安全性の高い議論の場です」と言いました。
シーンとした静寂が1分ほど続き、自分の中ではもっと長く感じるほど、空気は重く、とてもではないですが発言する気にならない場でした。
ミーティングルームに、まさかの「象」がいる?!
その時、閉鎖する可能性のある事業部のGMが、ふと口を開きました。彼はこういったのです:「Look, I know there is a ‘Big Elephant’ in the room, and let’s talk about it.」
(ねえ皆さん、この部屋の中に‘大きな象’がいることに気付いていますよね。それについて話しましょう) エ、エレファント?象のこと?と目が点になりました。慌てて周りを見回しましたが、当然のことながら、そのミーティングルームには、象はいませんでした。
「There is a Big Elephant in the room.」というのは、英語の比喩表現で、その場で空気感としてそこにあることが分かっていて、本当は誰もが感じているのに、見ないようにして存在自体を無視しようとするトピックがあるときに、使う表現であると、その時わたしは初めて知りました。
先の閉鎖される事業部のGMが、部屋の中にいると皆分かっている「象」の存在を言語化したことで、空気がさらに緊張感を増すどころか、逆にスーッと澄んでいき、参加者が顔を上げて安堵の表情さえ見せていました。そのあとは何が起こったかというと、参加者皆の本音が溢れるように出てきました。永年勤続し貢献してくれた仲間への想い、市場における強固なフットプリントがある事業を閉鎖することで、他の事業への影響を懸念する声、今回の閉鎖が本当に自分たちが正しいと感じていることなのか、本社に言われたから実行に移そうとしているだけではないのか、等、一気に建設的で実直な議論や意見交換が進みました。
心理的安全性の高い場を作るには、少しばかりの「勇気」が必要
心理的安全性のコンセプト自体は、1999年にハーバード大学で行動心理学の教鞭をとっていた、エイミー・エドモンソンが提唱したものですが、後にGoogle社のピープル・アナリティクス(データから人の行動心理を科学的に分析し、効果的なチームを繰り返し再現できるように提唱する専門家)チームが、‘サイコロジカル・セーフティー’として、世に研究結果を発表したことで、一躍注目されるようになりました。心理的安全性とは、対人関係においてリスクある行動を取ったときの結果に対する個人の認知の仕方、つまり、「無知、無能、ネガティブ、邪魔だと思われる可能性のある行動をしても、このチームなら大丈夫だ」と信じられるかどうかを意味します。Google社のリサーチ結果によると、心理的安全性の高いチームのメンバーは、Google からの離職率が低く、他のチームメンバーが発案した多様なアイデアをうまく利用することができ、収益性が高く、「効果的に働く人」として、マネージャーから評価される機会がそうではない人と比べて、2倍多い、という特徴があったそうです。昨今日本でも、職場の心理的安全性の重要性が急速に注目されるようになりました。関連著書も多く出版されています。
エイミー・エドモンソンは、チームの心理的安全性がどの程度のレベルであるかを調べる際、次のようなことが自分自身に当てはまるかどうか、チームメンバーに尋ねると良いと提唱しています:
1.チームの中でミスをすると、たいてい非難される。
2.チームのメンバーは、課題や難しい問題を指摘し合えない。
3.チームのメンバーは、自分と異なるということを理由に他者を拒絶することがある。
4.チームに対してリスクのある行動をすると批難される。
5.チームの他のメンバーに助けを求めることは難しい。
6.チームメンバーは誰も、自分の仕事を意図的におとしめるような行動をする。
7.チームメンバーと仕事をするとき、自分のスキルと才能が尊重され、活かされていると感じない。
エドモンソンは、さらに、チームの心理的安全性を高めるために個人にできる取り組みとして、次の3ステップを挙げています:
1.仕事を実行の機会ではなく学習の機会と捉える。
2.自分が間違うということを認める。
3.好奇心を形にし、積極的に質問する。
しかしながら、わたし自信が経験した先のストーリーを思い出すと、上記だけではない気がしています。
もうひとつステップを挙げるとすれば、「少しばかりの勇気を出して、皆が感じているが口に出さないことを、あえて、それが部屋の中に存在することを認める発言をする」ということではないでしょうか。時には、空気を読みすぎてしまうがために、ディスカッションが進まない、閉塞感を感じることも少なくありません。そういう時こそ、「Big Elephantいるよね?」と言い出してみる勇気を出せば、「そう、いるいる!」「わたしも感じてた!」と続いてくれるチームメンバーも出てきます。特に「うちのチームは意見を求めても何も出てこない」と困っているリーダーの皆さん。その場に「象」がいませんか。