2020/11/09
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社長を目指す方程式
第52回
呼吸法を知らなくても「全集中」する3つのアプローチ
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- 井上 和幸 株式会社 経営者JP 代表取締役社長・CEO
今回の社長を目指す法則・方程式: ダニエル・コールマン「リーダーに要求される3つの集中力」 |
劇場版「鬼滅の刃」が快進撃を続けています。主人公の竈門炭治郎や鬼殺隊メンバー、柱たちが呼吸法を使った斬撃を繰り出す際に行う「全集中」。上司の皆さんも、ここぞというときに持てる集中力を最大限高めてマネジメント技を繰り出し、局面を乗り切りたいと思われることでしょう。しかし現実としては、なかなか集中しきれない日常があります。どうすれば日々のよしなしごとに塗れずに全集中し、最大限の力を発揮することができるのでしょう?
◆リーダーに要求される集中力は3つある
EQ(「心の知能指数」 Emotional Intelligence Quotient、最近は「EI」と言われることも)を世界に紹介したジャーナリスト、ダニエル・コールマン氏は「リーダーに要求される3つの集中力」を挙げています。(「リーダーは集中力を操る」ハーバード・ビジネス・レビュー編集部編『集中力』より)
①自分への集中
②他者への集中
③外界への集中
「集中した状態」とは一般的に、頭の中から雑念を追い出して一つのことだけを考える状態を指しますが、コールマン氏は、神経科学分野における近年の研究から集中にはいくつもの方法があり、目的も関係する神経回路も異なることが判明していることをレポートしています。そこで集中の形態を上記の3つに分けると、リーダーシップを発揮するための新たな知見を引き出すことができるというのです。
そもそも上司の皆さんはリーダーとして「自分」「他者」「外界」への集中力をうまく調和させつつ、充分に育む必要があります。なぜなら、自分を見つめなければ、自分としての指針を示すことはできず、他者に充分な注意を払わなければ愚かな振る舞いをしてしまいかねません。そして外界を注視していないと、ある日突然の「不意打ち」に遭いかねないのです。
◆「自分への集中」は、開かれた意識でありのままの自分を認識すること
さて、まず「自分への集中」から。
自分を見つめる、つまり、自分自身の内なる声に耳を傾けることが出発点となります。これを実践すると、リーダーは多くの手がかりを元によりよい判断を下し、本当の自分を探り当てることができます。
自己認識の軸は、その時々の自分の感覚的な心象に意識を向けることからなりますが、コールマン氏は、リーダーシップを発揮する集中には、もうひとつ欠かせない要素があると言います。それは、過去から現在までの経験を総合して、本当の自分について首尾一貫した捉え方をすることだと。
ここで言う「本当の自分」とは、他人から見た自分が自己像と重なり合っている状態を意味しています。これを実現するには、他人、中でも自分に貴重な意見や正直なフィードバックをくれる人が自分をどう思っているかに注意を払うことが効果的です。
自分への集中において有用なのは、開かれた意識。何かに気を取られたり翻弄されたりせずに、周囲の状況に幅広く注意を払う状態です。良し悪しを判断したり、切り捨てたり、無視したりすることを避け、ありのままに物事を認識すること。
これは、とかくご自身の意見や主義主張を述べる立場にある上司の皆さんには、なかなか難しいことでもあります。私たち上司が意識を開かれた状態に保てないのは、大概、些事にいら立ってそれに邪魔されることが多いからです。
これに抗うひとつの方法として「認知制御」があります。気が散りそうな誘惑に打ち勝ち、「これ」と決めた対象に注意を向け続けるという意味の専門用語です。
認知制御力は、「誘惑の対象から自発的に注意をそらす能力」「誘惑の対象に関心を引き戻そうとする誘いに抗う能力」「将来の目標に意識を集中して、それを達成したらどれだけ気分がよいかを想像する能力」の3つからなるそうです。この3つの能力で、私たちがどうやって心を開きつつ、ありのままの自分を見つめることに集中できるか、なんとなくでもイメージいただけるのではないでしょうか。
◆「他者への集中」には3種類の共感力を働かせる
次に「他者への集中」、他者に関心を集中すること。
「注意」(attention)という言葉は、「触れ合おうとする」を意味するラテン語の「attendere」に由来しているそうです。他者への関心とは、まさにこの「触れ合おうとする」ことにほかならず、共感する力や社会的な関係を築く力の土台をなします。
優れた社長やリーダーは他者に関心を集中するのが上手いですね。彼らは相手と共通の土台を見つけ出す、非常に重みのある意見を述べる、他の人々に「一緒に仕事をしたい」と思わせるといった特質を持ちます。まさにこの連載のテーマである、「社長になる人の条件」と言えるでしょう。
経営者やリーダーが他者に共感を示す様子を注意深く観察すると、次の3種類が浮かび上がってくるとコールマン氏は紹介します。
・認知的共感:他者の視点を理解する力
・情緒的共感:他者の感情を酌み取る力
・共感的関心:相手が自分に何を求めているかを察知する力
これらの共感や関心を常に無意識的にも働かせ続けている人とは一緒にいたい、相談したい、ついていきたいと思います。いわゆる社会的感受性の高い人です。逆に社会的感受性に欠ける人は、周囲から見てすぐ分かりますが、感情に任せて激高、威嚇、逆恨みや責任逃れをします。これを悲しいことに、本人は気がついていないのです。
優れた社長やリーダーは、他者への前向きな関心を集中させることに優れていると述べましたが、一方でこの集中力は、大きな権限を得るにつれて衰えていく人が多いそうです。自分軸で動ける状況が他者への関心を失わせエゴイスティックになっていくわけです。これは重々、気をつけたいですね。
◆「外界への集中」はイノベーションをもたらす
最後に「外界への集中」です。
外界への関心が強いリーダーは、聞き上手であるばかりか質問上手です。ある場所での判断が、遠く離れた場所や分野に及ぼす影響を察知したり、現在の選択が先々どのような結果をもたらすかを想像したりすることができます。
ここで私が想起するのは、最近よく言われる「両利きの経営」です。その基本コンセプトは「まるで右手と左手が上手に使える人のように、『知の探索(Exploration)』と『知の深化(Exploitation)』について高い次元でバランスを取る経営」を指します。
「知の深化」は特定分野の知を継続的に深掘りすることで、「知の探索」は常に知の範囲を広げることで「知と知の組み合せ」を起こしイノベーションを実現することです。この「知の深化」と「知の探索」を両利きで扱えることが、これからの経営者や事業リーダーに求められます。そのために発揮すべきが、外界に関心を集中することです。
* * *
集中力のあるリーダーとは、自分の注意力全てを思いのままに操れる人です。自分の内なる感情に耳を傾け、衝動を抑え、他人が自分に何を求めているかを理解し、先入観を排して自由に幅広く関心を持ちます。
煉獄杏寿郎は無限列車編の中で、「全集中・常中」ができるようになれば様々なことができるようになると炭治郎に指南します。
「なんでもできるわけではないが、昨日の自分より確実に強い自分になれる」(『鬼滅の刃』集英社ジャンプコミックス第8巻より)。
3つの集中を高めることでEQが高まります。EQは「自分自身を知る力」「自分を他に伝える力」「他を知り受け入れる力」の3つからなります。(*EQについて詳しく知りたい方は、当連載のバックナンバー「2019年は「EQマネジメント」が来る! “感情知性”をコントロールしよう」をご覧ください。)
上司の皆さんもぜひ、「全集中」でEQ力の高いリーダーシップを発揮いただければと願います。
※この記事は、「SankeiBiz『井上和幸 社長を目指す方程式』」の連載から転載したものです。
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