TOP 異能の経営者 ~ I know. ~ 【米田純氏】40歳手前で“成長分野”へのチャレンジを決意。(Vol.2)

2018/10/25

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第7回

【米田純氏】40歳手前で“成長分野”へのチャレンジを決意。(Vol.2)

  • 経営
  • キャリア
  • 経営者インタビュー
  • Food's Style株式会社 代表取締役社長 米田 純氏

 

日本食レストランの海外出店をサポートするFood’s Styleの代表取締役社長・米田純氏は、野球に関わる仕事を夢見て西武百貨店に入社する。そこでは野球とは全く関係のない企画の仕事を担当し、血尿を出しながらも企画力を上げていったという。
では、そこからどのようにして楽天に移り、どのような仕事をしてきたのか。
実は米田氏は、今では当たり前になった“ある仕組み”の生みの親だった。過去に遡り話を聞いていく──。

 

 

■後悔はしたくないし、チャレンジしたい。

――企画を経験して、本部の営業施策部に移り、その後は何を?

 

その後4年間だけ、“標準店”と呼ばれる店舗を担当したかったので「標準店に出してください」と頼んで筑波西武に行きました。販促課長として。

 

――そうすると、その筑波店だけをまるっと全部見るみたいな形でしょうか。

 

そうです。標準店は本当に好き勝手にできるんで、すごい面白かったですね。それで人事制度的に4年ごとに動くようになっていたようで、4年後にまた戻りました。4年間紳士服、4年間池袋店の営業、4年間本部で営業施策、4年間筑波店でちょうど16年。

 

――16年お勤めになったんですね。

 

ええ。ちょうど39歳の時だったので、40歳を迎えるにあたって色々と考えたんです。それでちょっと別のことをやろうかなと思いまして。

 

――別のこと、と言いますと。

 

ECのマーケティングですね。

 

――なるほど、同じ小売りでもネットに着目したんですね。なぜそこに着目したんでしょうか。

 

営業分析をやっている時にちょうどWindowsが出たんです。仕事の特性上、最新の機器が沢山入って来たんですけども。それまではパソコン通信をしながら「ロータス1-2-3」で畳一畳分くらいのマクロを作って36店舗の日報を毎日結合して、みたいな状態でした。それからインターネットが出てきて、エクセルというスーパーソフトが出てきて、畳一畳分も日報を書かなくてもいいし全部のデータを串刺しにできるという。

 

――テクノロジーの恩恵を受けたわけですね。

 

ええ、Windowsが出てきて情報処理については革命だと思いましたもんね。CPUの早さもまさに日進月歩で、毎年どれだけ進化すんだよ!と思っていました。インターネットの可能性も感じていましたね。

 

――インターネットの可能性を感じるなか、小売りも変わっていくだろうと。

 

ええ、同じ小売業界をリサーチしていくと楽天市場も出てきたし、物産系や商社系の方々がECという場所に参入されていた。それで、ECのマーケティングをやってみたいとすごく思うようになったんです。

 

 

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プロフィール

  • 米田 純氏

    Food's Style株式会社 代表取締役社長

    1953年、神奈川県生まれ。野球漬けの子ども時代を送り、早稲田大学では体育会準硬式野球部に所属。卒業後、西武百貨店に入社し、池袋店・紳士服売り場を経て、営業政策や店舗運営、販促など本部でマーケティングに従事。2003年楽天に入社後、百貨店での業務経験を生かし、楽天市場ユーザーマーケティング部門にて勤務。その後、同社のプロ野球参入に伴い、東北楽天ゴールデンイーグルスの立ち上げを牽引し、初代球団代表に就任。2013年にプレンティUSAを設立、代表取締役社長CEO。2016年にFood's Style株式会社を設立、代表取締役社長就任。