2016/11/11
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スペシャルコラムドラッカー再論
第50回
マネジメントの役割とは?(続)
- エグゼクティブ
- マネジメント
- 井上 和幸 株式会社 経営者JP 代表取締役社長・CEO
「マネジメントには、自らの組織をして社会に貢献させるうえで三つの役割がある。それら三つの役割は、異質ではあるが同じように重要である」(『マネジメント—課題、責任、実践』、1973年)
その三つとは、以下の通り。
1)自らの組織に特有の目的とミッションを果たす
2)仕事を生産的なものとし、働く人たちに成果をあげさせる
3)自らが社会に与えるインパクトを処理するとともに、社会的な貢献を行う
マネジメントには、それぞれの組織に特有の目的とミッション、社会的な機能を果たす役割がある。ドラッカーは民間企業のみならず公的機関についても多く触れており、公的サービス機関においても(、というか、おいてこそ)マネジメントは必要不可欠のものであることを力説している。
では民間企業と公的機関との間での「特有の目的とミッション、社会的な機能」の違いは、何か?
ドラッカーは、それは、「経済的な成果をあげること」であると言う。
「企業と公的サービス機関の違いは、この社会的な機能にある。他の機能に違いはない。企業だけが特別の機能として経済的な成果をあげなければならない。企業は経済的な成果のために存在する。(中略)企業においては、経済的な成果が存在の根拠であり、目的である」(『マネジメント—課題、責任、実践』)
要するに、顧客が求めてくれる財・サービスを、顧客がすすんで支払ってくれる価格で供給できてこそ、企業は成り立つ。それができなければ失敗だ。
そのために、マネジメントには、仕事を生産的なものとし、人に成果をあげさせるという第二の役割がある。
「人に成果をあげさせるには、一人ひとりの人を、それぞれに生理的、心理的な特質、能力、限界をもち、独特の行動様式をもつ生きた存在としてとらえなければならない。すなわち、人を人として、それぞれに個性、市民性、仕事の仕方、仕事の量と質に違いのある存在、したがって、それぞれがそれぞれに責任、動機づけ、参画、満足、誘因、報奨、リーダーシップ、位置づけ、役割を必要とする存在として理解しなければならない」(『マネジメント—課題、責任、実践』)
おそらくドラッカーは、経済史上初めて、人を働かせるために、動機づけ、主体性をもたせることなどからモチベーションを上げることの必要性を語った人ではないかと思う。
さらに三つ目として、マネジメントには、自らの組織が社会に与えるインパクトを処理するとともに、社会の問題の解決に貢献する役割がある、とドラッカーは述べている。
ここがドラッカーらしい部分だ。
「企業は事業に優れているだけでは、その存在を正当化されない。社会の存在として優れていなければならない」(『マネジメント—課題、責任、実践』)
昨今言われるCSR、CSVのエッセンスは、それを時代テーマとして語ること自体に、ドラッカーはもしいま存命であったとしたら、違和感と異議を申し立てるだろう。
こうしたことは、ドラッカーに言わせれば、すべての組織に必須のことであり、マネジメントの基本役割なのだ。
「企業は、働く者に仕事を与え、株主に配当を与えるために存在するのではない。消費者に対し財とサービスを供給するために存在する。(中略)企業が自らの仕事を行うには、すなわち経済的な財やサービスを供給するには、個々の人間に対し、コミュニティに対し、社会に対し、何らかのインパクトを与えざるをえない。(中略)したがって、自らの社会的インパクトの処理と社会的な貢献が、企業にとって重要な第三の役割となる」(『マネジメント—課題、責任、実践』)
我々経営者は、事業上の成果という最終ゴールに到達するために、これら三つのことを等列に実現する必要がある。
日々、目の前の業務に謀殺されがちな立場であるからこそ、改めて自社においてのこの3つの役割が、いま、どのように果たされているか(あるいは、果たされていないか)、強化改善できるところはどこか、再点検してみることには計り知れない価値がある。