2023/02/02
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ビジネス著者が語る、リーダーの仕事術
第140回
地方発! 新たな可能性を拓く「食」ビジネスの勃興
- キャリア
- ビジネススキル
- 川内 イオ氏 稀人ハンター
異色の小麦生産者
北海道でも、これまでにない「食」のビジネスが見事に実っている。場所は十勝の本別町、生みの親は前田農産食品4代目、前田茂雄さんだ。日本の平均耕地面積は3.2ヘクタールだから、120ヘクタールの農地を有する前田農産は日本でも有数の大規模生産者だ。メインは小麦で、80ヘクタールの農地で栽培している。
前田さんは、小麦業界では異色の生産者だ。通常、小麦農家は収穫した小麦を全量、地域の農業協同組合(農協)に卸し、農協が食品メーカーやスーパーなどに販売する。これは生産者が作ることだけに集中できるというメリットもある反面、どこの誰が自分の小麦を使ってなにを作っているのか知ることができないというデメリットもある。
前田さんはそこに興味を持ち、人づてに全国のパン屋と知り合っていった。その過程でパン屋が作るパンによって小麦粉を変えていることを知る。その時、前田さんはひらめいた。
「自分が多品種の小麦を育て、それぞれの個性に合ったパンを作ってもらったらどうだろう? それができたら『前田農産の小麦』が選ばれる理由になるし、経営上のリスク分散にもなる」
こうして多品種少量生産を決意した前田さんは、流通にも手を出した。製粉会社と契約を結び、そこに直接小麦を納め、その1割を自社で買い戻してパン屋に卸すことにしたのだ。
これは簡単なことではなかった。農協に卸せば、農協でゴミや規格外の小麦が選別されるが、製粉会社に持ち込むとなると自社で選別ラインを組まなければいけない。前田さんはその手間と費用と時間をものともせず、なんと自力で選別ラインを作り上げた。そして現在は5種類の小麦を育て、全国60軒のパン屋と取引するようになった……という話は序章である。
「冬の仕事づくり」でポップコーンを栽培
選別ライン作りが落ち着いた2013年頃、前田さんは次の課題に取り組んだ。北海道は長い冬の間、雪に閉ざされる。その間、生産者は時間を持て余してしまう。前田さんの意向で、前田農産では季節労働者ではなく社員を抱えていたから、「冬の仕事づくり」は喫緊の課題だった。前田さんはある日、小麦の収穫に使うコンバインの説明書を眺めていた。すると、そこにトウモロコシと書かれていた。調べてみると、小麦用の乾燥機や選別ラインも使えることが分かった。
十勝でもスイートコーン(スーパーでよく見る黄色いトウモロコシ)や飼料用のデントコーンの栽培は珍しくない。しかし、小麦を通して独自路線を歩む楽しさを知った前田さんは、「どうせなら人がやっていなくて楽しい農業をしよう」と、日本にはほとんど生産者がいない爆裂種とうもろこし(ポップコーン)の栽培に挑む。
映画館などでよく見るポップコーンだが、全て輸入品だ。なぜそう断言できるのかといえば、国産のポップコーンは市場に存在しないから。学生時代、アメリカに留学していた前田さんは、現地でよく食べていた「レンジでチンするポップコーン」を作ろうと考えた。秋に収穫し、冬にポップコーンを作ろうという計画だ。
ここからが、想像を絶する苦難の道のりだった。2013年、5ヘクタールのポップコーン栽培を始めたものの、秋の霜にやられて13トン、全量廃棄。翌年、前年の反省を生かしてポップコーンは黄金色の実をつけたが、今度は乾燥させる過程で失敗し、またも13トン全量廃棄となった。
探究の余地が残る日本の農業
「会社が潰れたらどうしよう……」と不安におびえながらの3年目、以前に豆腐屋から聞いた大豆の乾燥法がきっかけになり、3度目の正直でポップコーンが完成。2016年4月、「北海道十勝ポップコーン」をリリースすると瞬く間に「日本初の国産ポップコーン」として話題になり、今では年間60万個を売る大ヒット商品になった。もともと社員の冬の仕事を作ろうと思って始めたポップコーンだが、2022年秋に工場を新設し、地域に雇用も生んでいる。なぜか日本で誰も手をつけなかったポップコーンの成功物語は、日本の農業にまだまだ探究の余地があるということの表れだ。
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■書籍情報
稀食満面 – そこにしかない「食の可能性」を巡る旅
著者: 川内イオ
出版社:主婦の友社
価格:1,650円
※この記事は、アイティメディア株式会社の許諾を得て
「ITmediaエグゼクティブ『ビジネス著者が語る、リーダーの仕事術』」
の連載から転載したものです。無断転載を禁じます。
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