2021/10/18
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私が経営者になった日
第70回
【ドムドムフードサービス 藤崎社長】39歳専業主婦、「109」の店長で 仕事の面白さに目覚め、 居酒屋の女将となる。(Vol.1)
- 経営
- キャリア
- 経営者インタビュー
- 藤﨑 忍氏 株式会社ドムドムフードサービス 代表取締役社長
社長に任命された日=経営者になった日ではありません。経営者がご自身で「経営者」になったと感じたのは、どんな決断、あるいは経験をした時なのか。何に動かされ、自分が経営者であるという自覚や自信を持ったのでしょうか。
1970年に日本で最初のハンバーガーチェーンとして誕生した「ドムドムハンバーガー」。1990年代には全国で400近い店舗を誇りましたが、その後、親会社の不振もあり30数店舗にまで激減。厳しい状況が続く中、2017年に入社9カ月・51歳で社長に抜擢就任後、さまざまな試みで2021年3月期には黒字化を果たした立役者の株式会社ドムドムフードサービス 代表取締役社長 藤崎忍氏に3回にわたってお話をうかがいました。
【vol.1】39歳専業主婦、「109」の店長で 仕事の面白さに目覚め、 居酒屋の女将となる。
絶滅寸前から2021年3月期黒字化へ
日本で最初のハンバーガーチェーンはどこかご存知だろうか。
「実は1970年に開業した私たち『ドムドムハンバーガー』が、日本で最初なのです。ダイエー系列企業として、90年代には全国で400店舗を越す勢いで展開していたんですよ。」
しかし、親会社ダイエーの盛衰とともに、店舗は30数店舗まで減り、危機的状況に陥ってしまう。2017年以降は、ホテル事業などを手掛けるレンブラントホールディングスの傘下へ。2018年、メニュー開発のための外部アドバイザーの立場からスタートし、わずか入社9カ月で社長となった藤崎氏は、新しい発想と行動で絶滅危惧種とまで揶揄されていたドムドムハンバーガーの再建に取り組んできた。
藤崎氏のもと、外部イベントにも積極的に参加し、さまざまなコラボ商品を販売。コラボ商品はいずれも大人気ですぐに売り切れの状態になった。
「コロナ禍の厳しい状況ではありましたが、2021年3月期には何とか黒字化することができました。それまで歩んできた私の経歴の異色さもあって、ありがたいことにメディアに取り上げていただくことも増えています。」
39歳まで専業主婦だった彼女が、SHIBUYA109の店長、居酒屋の女将を経て、どのようにして再建の立役者たる経営者になっていったのか。
政治家の家に生まれ、39歳まで専業主婦
東京の下町にある藤崎氏の実家は煎餅屋などいくつかの商売もしていたが、父は政治家でもあった。
「父が政治家で家が商売をしていると言っても、子どもの頃から、お金や商売ということについてはあまり考えたことがありませんでした。父と母が大変そうだなというのは何となくは見ていましたけれど、事業や経営を、具体的に学んだということはありません。
それよりは、人付き合いとか、おもてなしの心とか、心を尽くすとか、そういったことをたくさん学びました。」
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