TOP 私が経営者になった日 【株式会社アシスト 大塚 辰男氏】正確で遅い判断よりも、迅速で修正する勇気を持った判断 会社の基盤となる『哲学と信念』。(Vol.2)

2023/09/21

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私が経営者になった日

第122回

【株式会社アシスト 大塚 辰男氏】正確で遅い判断よりも、迅速で修正する勇気を持った判断 会社の基盤となる『哲学と信念』。(Vol.2)

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社長に任命された日=経営者になった日ではありません。経営者がご自身で「経営者」になったと感じたのは、どんな決断、あるいは経験をした時なのか。何に動かされ、自分が経営者であるという自覚や自信を持ったのでしょうか。

 

1972年の設立以来、パッケージソフトウェア市場の先駆者として、50年にわたり「IT×商社×コンサル」という独自のポジションを築き、取引社数は延べ2万社以上となる株式会社アシスト。代表取締役社長の大塚辰男氏に3回にわたってお話を伺いました。

一から始めたことだから、何も怖くはなかった。

意味のない進学はやめて自活の道へ。(Vol.1)

正確で遅い判断よりも、迅速で修正する勇気を持った判断会社の基盤となる

『哲学と信念』。(Vol.2)

『哲学と信念』の理想にどうやって近づくか。

アシストの価値は何かを追求する(Vol.3)

創業者のビル・トッテン氏が、1985年に『哲学と信念』というその後のアシストのバイブルとなるものをつくる。当時の大塚氏はどんなふうに受け止めていたのだろうか。

 

「1972年の創業当時から10年ほどは、社員一人一人の顔が見え価値観を共有できていたようですが、社員数が100名規模に拡大するにつれ、それが次第に難しくなってきたとトッテンは感じていたようです。わたしが入社した1983年に、トッテンは社員に期待していることや社員が何をすべきかを「アシストの価値観」として明文化しました。それが「哲学と信念」の前身です。現在の中期経営計画にも近い、今年は何十億、来年は何百億といったような、会社をいかにして伸ばしていくかという内容も含まれていました。

 

当時トッテンはそれを一方的に社員に押し付けるわけでなく、‘私の書いたことに納得できなければ、それを改訂するよう私を説得するのは社員の責任’と言っていました。前職との違いという点で付け加えると、トップダウンではなく社員からボトムアップで提案できるというアシストの社風、風通しのよさのようなものをこの時感じました。

 

その後、他の役員や社員とも議論し改訂を加えたものが1985年の『哲学と信念』初版になります。どんなに技術が進歩し、どんなに社会が変わろうとも、お客様はいつも正直で、誠実で、有能で、思いやりのある「人」と取引をしたいと思うはず。だからアシストは3つの最高を目指す。これがすっと自分の中に入ってきました。

 

<参考>
1.コンピュータ・ソフトウェアを購入するお客様にとって最高の会社になること
2.コンピュータ・ソフトウェア分野で働く者にとって、最高の会社になること
3.協力会社にとって最高の会社になること

 

『哲学と信念』は迷ったら必ず立ち返るアシスト社員の考え方や行動の基本を記すものになりましたし、現在までアシスト社員のDNAとして脈々と受け継がれていると感じています。」

 

ベクトルを合わせて人を動かす。

『哲学と信念』が出たのち、アシストは...

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プロフィール

  • 大塚 辰男氏

    大塚 辰男氏

    株式会社アシスト 代表取締役社長

    1956年新潟県生まれ、1980年 株式会社菱友計算(現 菱友システムズ)入社、システム開発に従事。1983年 アシスト入社後、アシストのグループ会社であるパンソフィックの東日本営業部部長、同じくグループ会社であるエー・シー・エーの開発プロダクト営業本部事業部長を経て、東日本営業本部 本部長、事業部長などを担当後、神戸支店長、2002年 西日本支社 支社長、2009年 常務取締役などを歴任。2012年 名物社長でカリスマだった元アメリカ人(2006年日本に帰化)、ビル・トッテン(現アシスト会長)から経営を引き継ぎ取締役社長に。2013年より代表取締役に着任し、現在に至る。

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