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2024/01/26

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スペシャルコラムドラッカー再論

第399回

社会のリーダー的存在としてのマネジメント。

  • マネジメント
  • エグゼクティブ
  • 井上 和幸 株式会社 経営者JP 代表取締役社長・CEO

 

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前回、マネジメントの社会的責任について見たが、ドラッカーは言う。

 

「実は、企業のマネジメントが、その種の社会的責任を新たに引き受けていない日はほとんどないといってよい。」(『現代の経営』、1954年)

 

企業のマネジメントが多かれ少なかれ社会のリーダー的存在でもあるということには、当然のことながら重い責任が伴う。「それらの責任を回避することほど破壊的なことはない」とドラッカーは表現する。
しかし同時に、自らの役割ではない責任を引き受けることもまた、破壊的であるとも言っている。

 

「しかるに今日、企業のマネジメントにはこの両方を行おうとする傾向がある。すなわち、存在する責任を回避するとともに、存在もせず存在させてもならない責任を引き受けている。」(『現代の経営』)

 

なぜならば、責任は同時に権限を意味するからだ。一方があって他方がないということはあり得ない。ある領域においてマネジメントに責任を課すということは、その領域において権限を与えるということでもある。
社会のリーダー的存在としてのマネジメントの社会的責任は、マネジメントが正当に権限を要求できる分野に限られる。

 

例としてドラッカーは、労働組合や政府による統制に関して、マネジメントは(責任から)自由であるべきだし、責任を負うことを謙虚に避けるべきだと主張する。
そもそも労働組合はマネジメントによる支配を好まない。

 

「しかし、責任と権限は相携えるという事実から、マネジメントは、自らの企業がもつ卓越性のゆえに権威としての権限が生じてしまっている分野においては社会的責任をもつ。それらのうち、大きなものとして税制に関わる問題がある。」(『現代の経営』)

 

企業のマネジメントは、企業活動に大きく影響を及ぼすという観点から、税制改革について積極的な働きかけを行う責任を持つ。

 

マネジメントは、その卓越性のゆえに権威による権限を持ついかなる分野、すなわち責任を持つべきいかなる分野においても、その責任を公益に基づいて果たさなければならない。

 

「最も重要な結論は、社会のリーダー的存在としてのマネジメントの社会的責任とは、公益の利益をもって企業の利益にするということである。」(『現代の経営』)

 

国や社会にとって良いことを企業にとってよいことにするには、懸命な仕事、優れたマネジメント、高度の責任感、大きなビジョンが必要だとドラッカーは言う。
マネジメントが社会のリーダー的存在であるためには、これを行動の原理とし、意識して遵守し、現実...

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プロフィール

  • 井上 和幸

    井上 和幸

    株式会社 経営者JP 代表取締役社長・CEO

    1966年群馬県生まれ。早稲田大学卒業後、株式会社リクルート入社。人材コンサルティング会社に転職後、株式会社リクルート・エックス(現・リクルートエグゼクティブエージェント)のマネージングディレクターを経て、2010年に株式会社 経営者JPを設立。企業の経営人材採用支援・転職支援、経営組織コンサルティング、経営人材育成プログラムを提供。著書に『ずるいマネジメント 頑張らなくても、すごい成果がついてくる!』(SBクリエイティブ)、『社長になる人の条件』(日本実業出版社)、『ビジネスモデル×仕事術』(共著、日本実業出版社)、『5年後も会社から求められる人、捨てられる人』(遊タイム出版)、『「社長のヘッドハンター」が教える成功法則』(サンマーク出版)など。

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