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2024/01/09

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スペシャルコラムドラッカー再論

第397回

マネジメントの社会的責任とは何か?どのようなものか?

  • マネジメント
  • エグゼクティブ
  • 井上 和幸 株式会社 経営者JP 代表取締役社長・CEO

 

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マネジメント(経営陣・経営管理陣)には社会的責任がある。
その社会的責任についての議論は、マネジメントを社会のリーダー的存在として捉えるところから始まっていることが多いが、ドラッカーはこれを否定する。
正しくは、マネジメントの企業に対する責任から始まるべきである、と。

 

「この責任こそ、マネジメントが妥協したり避けたりすることのできないものである。なぜならば、企業そのものがマネジメントへの寄託だからである。あらゆることがこの寄託関係から派生している。」(『現代の経営』、1954年)

 

世論や政策や法律に関して、マネジメントが企業に対して負うべき第一の責任は、社会から企業に対してなされている要求を、企業の目標の実現に直接影響を与えるものとして捉えることだとドラッカーは言う。

 

「すなわち、自らの行動の自由に対する脅威や制約となるそれらの要求を、健全な成長への機会に転化することである。あるいは少なくとも、それらの要求を満足させるうえで必要な犠牲を最小にすることである。」(『現代の経営』)

 

なにを言っているかというと、例えば私たちの最も身近なところで言えば、年金制度がある。
高齢化社会の中でそのままの制度でい続ければ、早晩、負担側が耐えきれなくなることは数十年前から試算できたことだ。それを踏まえて早期から(昭和の頃から?遅くとも平成中にはだろう)世代負担を少しずつ増やしておけば、今後の急激な負担増や支給減には合わずに済んだはずだ。

 

他方、かつて高齢とされていた年齢に達した人たちの極めて多くが、今日では肉体的にも精神的にも仕事を続けることができ、それを望むようになっている。

 

「したがって、マネジメントが行うべきだったことは、一方においては、仕事を続けることができ、かつそれを望む人たちの雇用を維持すること、他方においては、仕事を続けることができない人たちや、それを望まない人たちに年金を与える制度をつくることだった。しかも働き続ける人たちが、若い人たちの昇進の邪魔になったり雇用の安定を脅かしたりすることのない制度をつくることだった。」(『現代の経営』)

 

ところが問題を徹底的に検討しなかったために、今後マネジメントは例外なく労働組合や政府によって、企業に対してコストと制約をもたらすだけの年金制度を押し付けられるようになるに違いない、とドラッカーは言う。
この言葉、いまではなく、70年前に『現代の経営』の中で言われていたことだ。驚くばかりだ。

 

マネジメントに最も理解のある人たちでさえ、マネジメントがこれまでこうした責...

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プロフィール

  • 井上 和幸

    井上 和幸

    株式会社 経営者JP 代表取締役社長・CEO

    1966年群馬県生まれ。早稲田大学卒業後、株式会社リクルート入社。人材コンサルティング会社に転職後、株式会社リクルート・エックス(現・リクルートエグゼクティブエージェント)のマネージングディレクターを経て、2010年に株式会社 経営者JPを設立。企業の経営人材採用支援・転職支援、経営組織コンサルティング、経営人材育成プログラムを提供。著書に『ずるいマネジメント 頑張らなくても、すごい成果がついてくる!』(SBクリエイティブ)、『社長になる人の条件』(日本実業出版社)、『ビジネスモデル×仕事術』(共著、日本実業出版社)、『5年後も会社から求められる人、捨てられる人』(遊タイム出版)、『「社長のヘッドハンター」が教える成功法則』(サンマーク出版)など。

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