TOP 私が経営者になった日 【応用地質株式会社 成田賢氏】 山崩れの現場で、自分の仕事が社会に役立つことを実感した。 (Vol.1)

2022/10/11

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私が経営者になった日

第100回

【応用地質株式会社 成田賢氏】 山崩れの現場で、自分の仕事が社会に役立つことを実感した。 (Vol.1)

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社長に任命された日=経営者になった日ではありません。経営者がご自身で「経営者」になったと感じたのは、どんな決断、あるいは経験をした時なのか。何に動かされ、自分が経営者であるという自覚や自信を持ったのでしょうか。

 

地質に関するビジネスを手がけ日本社会の発展に貢献してきた応用地質。現在は地球にかかわる総合コンサルタントとして、環境問題などにも積極的に取り組んでいます。一時は赤字に陥った同社の変革を主導し、新たなステージに引き上げた代表取締役社長 成田 賢氏に3回にわたってお話を伺いました。

大学院に戻るつもりで入社した応用地質

地質調査ビジネスのリーディングカンパニーである応用地質。1957年の設立以来、常に業界を牽引してきた。現在は「インフラ・メンテナンス」「防災・減災」「環境」「資源・エネルギー」の4事業を通して、人と自然が調和した豊かな未来社会の実現を目指している。

 

2009年から社長として応用地質の舵をとる成田氏は、新潟大学大学院の理学研究科地質鉱物学専攻を修了後、1979年に応用地質へ入社した。

 

「大学院時代には、火成岩の一種である安山岩を生み出す火山活動のメカニズムについて研究していました。過去の火山活動から現在を読み解くという研究で、1年のうち150日程度は山を歩き、山の調査をして、その結果を持ち帰って解析、分析、実験をしながら生活する毎日。大学に泊まりっきりで、ほとんど家には帰りませんでした。アパートに戻るのは日曜日ぐらいでしたね。」

 

地質学にどっぷりつかった日々。どうしてそこまで地質学が好きになったのか。そのきっかけは自然に恵まれた秋田での高校時代にあった。

 

「秋田の高校の地学クラブで、河川の砂や礫の粒度分布の調査を行いました。どうしてここで粒度変化が起きるのか。それを考えるためには、そこに分布している地質を知らなければいけません。地質を調べるためには石を叩いて割って確認することもあります。それによって何千万年も前のその場所が、どんな環境だったかを考えるヒントになるんです。それにロマンを感じて、地質学に興味を持つようになりました。」

 

好きな学問の世界を、とことん突き詰めたいと考えるのは当然のこと。成田氏も大学院に残って研究を続けたいと考えた。だが、経済的な事情がそれを許さなかった。

 

「不本意ながら就職することにして、指導教官に相談しました。すると『こういう会社があるから受けてみないか』と応用地質を紹介され、入社試験を受けて採用されました。とはいえ、長く働く気はありませんでした。ある程度働いてお金を貯め...

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プロフィール

  • 成田 賢氏

    成田 賢氏

    応用地質株式会社 代表取締役社長

    1979年新潟大学大学院理学研究科地質鉱物学専攻終了後、応用地質株式会社へ入社。ダム、岩盤関係の事業に従事し、2004年取締役、2005年専務執行役員就任。2007年取締役副社長を経て、2009年代表取締役社長に就任。

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