TOP イマ、ココ、注目社長! 戦略から実行まで一気通貫で請け負う「日本一の事業開発カンパニー」を目指す。【前編】

2020/04/15

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第81回

戦略から実行まで一気通貫で請け負う「日本一の事業開発カンパニー」を目指す。【前編】

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  • 株式会社ファンベスト  代表取締役社長 藤間 亮太郎氏

 

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株式会社ファンベストは、営業代行・コンサルを請け負うプロ(集団)として2015年に創業しました。現在では、「ヒト・ モノ・マーケティング」の3要素において一定の成果が出続ける仕組みをつくる事業開発支援会社へと成長。他のコンサル会社のように戦略立案をするだけではなく、それを実行するためのリソース(アウトソーシング事業)を持ち、一気通貫して請け負うことができるのが同社の強みとなっています。25歳で創業。「日本一の事業開発カンパニーを目指す」と語る藤間亮太郎さん(代表取締役社長)に話をうかがいました。

 

(聞き手/井上和幸)

藤間社長は、1989年生まれ。起業を考え始めたのは、中学生のときでした。テレビでホリエモン(堀江貴文氏)の存在を知り、サラリーマンを揶揄する彼の言動に憧れて、「起業家ってかっこいい仕事だと思ったのがスタートだった」といいます。
小・中・高校時代は自宅に籠ってゲーム三昧。起業を視野に「進学するよりも仕事がしたい」と思っていたものの、母親が「大学までは行ってほしい」と大反対。しかも、「東大と早稲田と慶応しか受験を許さない」という厳しさでした。

 

受験では慶応の入試で補欠になったものの、繰り上げにはならず、結局、不合格に。
後期に受けた別の私立大学には受かりましたが、「東大と早稲田と慶応に受かるまで浪人してほしい」という親族と、「浪人はしない。超一流の大学を出ていなくても立派な社長はいる」と考える藤間社長との間には決定的な亀裂が生まれ、藤間社長は、大学を辞めて働くことになりました。藤間社長の波乱万丈のビジネスストーリーは、ここからスタートしました。

 

 

――前段の通り、子供の頃から「起業」「仕事」へののめり込みをお持ちでいらっしゃいましたが、大学を中退して働くと決めて、最初にした仕事は何だったのですか?

 

藤間 最初の仕事はホストでした。当時、起業家になるために何が必要なのかをネットで調べていたら、一番多かった答えが「営業力」だったんですよ。それで営業力を鍛えようと思ったのですが、僕はゲーム三昧で引きこもっていたので人と会話することが全然できなかった。一応進学校に行っていたのでアルバイトも禁止されていて経験がありません。それどころか、引きこもりすぎて電車に乗れなくなっていました。乗ると汗がダラダラ出て来て、「止めてくれ!」となってしまうんです。

これは何とかしないといけないと思って調べたら、そういう対人恐怖症みたいなものを治すには「仕事を通じて治すのがいい」とあったので、そのために一番効果のある...

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プロフィール

  • 藤間 亮太郎氏

    株式会社ファンベスト  代表取締役社長

    1989年生まれ、埼玉県出身 明治学院大学 法学部 中退 様々なフルコミッションの営業を経験後、2013年某営業コンサルティング会社に入社。 コンサルタントやマネージャー業務を経験後、2015年株式会社ファンベスト設立。