TOP 【新・経営者の条件】徳重徹氏 一流企業を辞め、ベンチャーで世界に挑む(1/5)

2017/05/30

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第1回

一流企業を辞め、ベンチャーで世界に挑む(1/5)

  • 新・経営者の条件
  • キャリア
  • 経営
  • 経営者インタビュー
  • テラモーターズ株式会社、テラドローン株式会社 代表取締役 徳重 徹氏
  • 株式会社 経営者JP 代表取締役社長・CEO 井上 和幸

井上 そもそも徳重さんは、学生や若手社員の頃から起業されようと思っていたのでしょうか?

 

徳重 答えとしては「NO」というか……、うちは父親が頑固一徹で、僕は「絶対に会社をやってはいけない」と言われて育ちました。祖父が地元で大きな事業(木材業)をやっていたのですが、石炭から石油の流れの中で潰れて、親父が中学生のときにスッテンテンになってしまった。それで親父は、「お前には起業家の道には行かせない。とにかく一流大学、一流企業に行け」と。
一方、僕自身は、やる気があったので、大企業に入って経営者になろう、社長は無理でも役員にはなりたいと思っていました。だから働いていても、「サラリーマン」という言葉が嫌いで、「プロフェッショナル・ビジネスマン」みたいな意識を持っていました。

井上 ご自身では密かに経営者に向いているとは思っていらしたんですね。

 

徳重 ギリシャ神話の「パンドラの箱」ではありませんが、経営者になる気はあったけれど、開けてはいけないものでしたね(笑)。親父の厳しさは本当に強烈で、例えば、僕は海外に行きたかったので、就職のときに、ソニーやホンダなどを志望していました。しかし、「絶対ダメだ。行くなら縁を切って行け」と言うのです。僕は長男ですから、地元(山口県)の大企業に就職させるのが親の夢だったんですね。

 

井上 パンドラの箱はいつ開いたのですか?(笑)

 

徳重 28歳ぐらいのときです。そういう意味では、僕は住友海上に今でも感謝しているんです。最初から非常にいい部署(経営企画)に入れていただいて、5年半の間、一度も異動がなかった。最初は苦労したんですが、2年目からすごく評価をいただいていました。
当時は、金融自由化で銀行も損保も一緒になると言われている頃で、まさに僕のいた部署がそのことを考えていた。そういうときに、若くて血気盛んな社員が20人くらい集められて、「これからわが社がどうやったらいいか、自分の思うことを言え」と言われました。それで、僕ともう一人の先輩が自分の考えを述べたところ、ある幹部社員が、「お前らの言うことはよくわかるけれども、今の役員たちは誰も理解しない」と言ったんですね。
これは非常にショックでした。僕は大企業で経営者になるために、サイボーグかと思うくらいにめちゃくちゃ仕事を頑張っていました。ところが、将来この人は経営者になると思っていた人がそういう発言をする。しかも、続けて「僕にも妻と子供がいるからね」みたいなことを言った。僕は、そこで緊張の糸が切れたというか、「これが大企業の経営者か……」と思ったら、それは自分の目指すものではなくなりました。

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プロフィール

  • 徳重 徹氏

    テラモーターズ株式会社、テラドローン株式会社 代表取締役

    テラモーターズ株式会社 代表取締役。1970年生まれ山口県出身。九州大学工学部卒業後、住友海上火災保険に入社。Thunderbird MBA取得。その後シリコンバレーでベンチャー投資の支援業務に就き、2010年4月に電動バイクのベンチャー企業、テラモーターズ株式会社を設立。設立2年で国内シェアNO.1を獲得し、リーディングカンパニーとなる。現在ベトナム、フィリピン、インドに現地法人を設立し、グローバル展開を図る。企業ビジョンに「日本再生」を掲げ、世界市場で勝てる日本発のメガベンチャーの創出を志す。経済産業省「新たな成長型企業の創出に向けた意見交換会」メンバー、一般社団法人日本輸入モーターサイクル協会電動バイク部会理事を務める。

  • 井上 和幸

    株式会社 経営者JP 代表取締役社長・CEO

    早稲田大学卒業後、リクルート入社。コンサルティング会社取締役、リクルートエグゼクティブエージェントマネージングディレクター等を歴任。2010年経営者JPを設立し、現職。