TOP 【新・経営者の条件】福永暢彦氏 経営改革や業務改革をリードできるようになりたいという思い。(1/4)

2017/03/07

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第1回

経営改革や業務改革をリードできるようになりたいという思い。(1/4)

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  • 経営者インタビュー
  • 株式会社木村屋總本店 代表取締役副社長 福永 暢彦氏
  • 株式会社 経営者JP 代表取締役社長・CEO 井上 和幸

最前線で活躍されている経営者をお招きして、21世紀に活躍する経営者像を明らかにしていく『経営者 JPトークライブ 新・経営者の条件』――。第一回のゲストは、木村屋総本店・代表取締役副社長の福永暢彦氏です。

 

木村屋総本店といえば、あんぱんの生みの親である創業148年の老舗パンメーカー。福永さんは3年前に老舗のファミリー企業にプロ経営者として着任され、同社の経営改革、構造改革に取り組んでこられました。就任2年目にはスーパー・コンビニ事業の営業利益がプラスに転じるなど、着実な成果を上げていらっしゃいます。

 

そんな福永さんがこれまでどのような経営改革を推し進めてきたのか、また、どんな経緯でプロ経営者となり、どんな経営者像を持っていらっしゃるのかを、弊社代表取締役社長CEO・井上和幸が迫ります。

 

(*本記事は2017年2月16日に行われた同イベントを再構成したものです)

井上 まずは、プロフィールからおうかがいします。

 

福永 神戸大学経営学部を卒業後、新卒から14年弱日本生命で働き、その後、全く畑の違う製造業の業務改革のコンサルティング会社に移りました。5年後、企業再生支援機構――JALの再生等で名前を聞かれたことがあるかと思います――に入り、再生する企業の構造改革責任者として、経営者の最初のキャリアをスタートしています。今から約4年前に、木村屋総本店での仕事のご縁をいただき、代表取締役副社長としての役割を担っています。

 

井上 日本生命からコンサルティング会社に転身されたのはなぜですか?

 

福永 日本生命では、限られた領域での業務執行が中心であったので、力の出し方の観点では中途半端に感じる部分がありました。辞めたのは37歳のときですが、実は30歳くらいから次のステップを考えていて、このタイミングを逃したら自分のやりたいことができない、と日本生命を辞めました。

 

井上 コンサルティング会社への転職は30代前半が旬ですから、37歳はちょっと遅いですね。そこは何か考えられましたか?

 

福永 コンサルといっても、いわゆる戦略型のコンサルでは全然通用しませんし、やりたいとは思っていませんでした。一方で、日本生命の仕事をしていて事務改革や業務改革にとても面白みを感じていました。製造関係の業務改革のコンサルの方と知り合う機会があってお話を伺うと、そこで働かれているメンバーが普通のコンサルよりも経験を積んだ後に入られた方が結構いらっしゃることを知りました。それであれば自分でもやれるのではないか、と。あとは...

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プロフィール

  • 福永 暢彦氏

    株式会社木村屋總本店 代表取締役副社長

    神戸大学経営学部卒。卒業後、日本生命保険(相)、業務改革コンサルティング会社にてキャリアを積む。2011年1月より、株式会社企業再生支援機構にて、中堅製造メーカーの再生に構造改革責任者(CRO)として従事し、再生経営者としてのキャリアをスタートさせる。2013年4月より、株式会社経営共創基盤に参画し、株式会社木村屋総本店に経営者として派遣され、2013年10月より代表取締役副社長に就任する。「当たり前のことをやる」「強みのある領域にフォーカスする」ことを信念とし、創業147年老舗企業の一層の発展に取組中。

  • 井上 和幸

    株式会社 経営者JP 代表取締役社長・CEO

    早稲田大学卒業後、リクルート入社。コンサルティング会社取締役、リクルートエグゼクティブエージェントマネージングディレクター等を歴任。2010年経営者JPを設立し、現職。