TOP ビジネス著者が語る、リーダーの仕事術 SF作品はテクノロジーの歴史資料として参考にする

2023/04/27

1/1ページ

ビジネス著者が語る、リーダーの仕事術

第152回

SF作品はテクノロジーの歴史資料として参考にする

  • キャリア
  • ビジネススキル
 

60秒で簡単無料登録!レギュラーメンバー登録はこちら >
 
 
AIのような先進テクノロジーをどのように活用したらよいか、悩んでいるリーダーや経営者も多いでしょう。そんなとき、SFを幅広く調べるとさまざまな想像力とヒントが得られるだろう。

「あのSFはどこまで実現できるのか」は、@IT(アットマーク・アイティ)連載「テクノロジー名作劇場」を、攻殻機動隊の章を追加で書き下ろして1冊の本にまとめたものです。本書はビジネス書ではありませんので、仕事の合間に読んで頭を休めるのに役立つのではないでしょうか。   AIのような先進テクノロジーをどのように活用したらよいか、悩んでいるリーダーや経営者も多いでしょう。そんなとき、SFを幅広く調べるとさまざまな想像力とヒントが得られることに気付きます。   連載の企画としては、古いSF作品で描かれていたさまざまなテクノロジーがある程度は実用化されており、かなりのものが研究されている、ということを現代のテクノロジーで示し、解説することでした。

もちろん、研究も進んでいないし、まだ実現できそうにないものも「できていない」という立場で取り上げています。例えば、タイムマシン、重力・反重力装置、脳、心、人格のマシンへの移植、のような話です。AIにおいても「強いAI」はまだまだ実現できていません。
 
本書では、非常に幅広い科学分野に関してSFテクノロジーの実現度合いなどを解説しています。私はIT、あるいはAIの技術者で、当初はAIの解説をする方針で連載を始めました。しかし連載を進めるに従い、IT / AI以外の分野についても少し解説することになりました。AIの解説ばかりだと解説内容がかぶってきてしまうことも背景にありました。私はメカや生理科学の専門家ではありませんが、それでも解説が可能だったのは当時の立場上、幅広い科学分野に触れることができたからです。
 
ITはビジネスツールです。私はITテクノロジーや製品側の立場での仕事が長かったため、非常に幅広い分野のお客さまを手伝ってきました。そのおかげで、ITテクノロジーだけでなく、金融、製造、流通、農業、資源(リサイクル)などの先進的なテクノロジーについて学ぶ機会がありました。また、連載の途中から研究所で研究戦略室長を任され、幅広い研究分野の専門家を部下に持ったおかげで、多くの研究分野の話に触れることができました。
 
SFで想定されてきたテクノロジーは、すでに実現されてSFより進化したもの、SFで示されたように実現されているもの、異なる形式で実現されているもの、異なる価値として実現されているもの、といった発展のしかたがさまざまあるようです。
 
SFより進化したものには、インターネット、クラウドなどがあります。SFではあまり描画されていませんが、世界に行き渡り私たちの生活に不可欠なほど浸透しています。
 
液晶パネル、タブレットも古いSF作品にはあまり登場しません。LEDがフルカラー化されたり、タッチ操作が浸透することには想像が及ばなかったのかもしれません。SF映画の表示装置が大きなブラウン管だったのは、表示装置が薄くなることに想像が及ばなかっただけでなく、映画セットとして構築するのにブラウン管が必要だったからでしょう。
 
SFで描かれていたそのもののように実現されたのがテレビ電話です。昭和時代にはSFでしたが、コロナ渦において一般の人も普通に使うようになりました。
 
異なる形式で実現が目指されているものには空飛ぶクルマがあります。SF作品では謎の反重力装置で自動車そのものがその姿のまま浮かぶ描写が多いですが、現代の空飛ぶクルマはマルチコプタードローンそのもので、空気をかき混ぜて飛びます。もちろん、将来、反重力装置のような新しいテクノロジーが出てくれば、そのときに実現されるのでしょう。
 
ホログラム、宙に浮き出る表示装置、空中でのタッチパネルなどはSFで描かれているようには実現できていませんが、箱の中でなら立体に見えたり浮いてみえる表示装置のレベルなら実現できています。表示パネルの数センチ上を操作するような空中タッチパネルは実用化されています。そして、VRゴーグルの中ではSFで描かれているような世界が構築されています。
 
科学やテクノロジーの革新は日進月歩です。連載を書いていたころには「難しい」と述べていたテクノロジーが、今日では可能になってきているものもあります。たった数年なのに、です。
 
例えば「AIによる読唇術」があります。書籍の中でHAL9000の読唇術は「実は難しい」ということを書きました。その当時の最新の論文などでは、まだ成功例がなかったからです。ところが、先日「口パク音声認識」というテクノロジーが発表され、技術確立の可能性が示されました。指先の認識が困難で手話認識にはてこずっている、という話も書きましたが、今では研究がずっと進んで「手話認識が可能」という発表もされています。このように「今できない」と思っていても、どこかで実現が進められていたりするのです。
 
古いSFで語られているテクノロジーを調べると、SF作家が当時のテクノロジーをいろいろと取材してSFテクノロジーを想定していることをうかがい知ることができます。想像の及んでいない箇所も多くあり、年代からその当時の最新テクノロジーへのイメージが分かります。
 
つまり、古いSF作品は、古文書のように歴史を探る材料として有効に働くわけです。その頃なにが夢のようなテクノロジーだったのだろう、それがいつ実現されて生活に溶け込んだのだろう、と調べることでどのくらいの進化速度でテクノロジーが発展したか、を知ることができます。
 
SF作品というのは、他のフィクション作品とは大きく異なる部分があります。それは「事実ではない」という想像を語るだけでなく、多くのSF作品が「未来を示そうとしている」点にあります。そして古いSF作品を見ることは「過去にとっての未来」を見ることになるのです。もちろん、市場予測や株価予測なども、少し未来を示そうとしているわけですが、SFのほうがいくらか遠い未来を示そうとしています。このように考えると、SF作品は「その当時、未来と思っていたものはなんだったか」を示してくれる「それぞれの時代の未来」の歴史資料、と考えることもできるわけです。
 
では、現代のSFではどうでしょうか。私たちの生活の周りにあるものも、どんどん進化しており、昭和の人から見たらSFの世界と感じられるものがたくさんあります。とくにICT系の、テレビの薄型化、大画面化、インターネット、スマートフォン、タブレット、ロボティクスはとても身近です。こんなに身近にコンピューターとネットワークがたくさん、多様にあることはSFでした。
 
国際社会の密度、食品の多様化、医学の進歩、昭和から見れば想像できなかったであろうほど変化しています。今、現代の情景をそのまま使って描いていたら、SF作品にならず、単なるフィクション作品になってしまいます。SF作品ではさらに実現されていないものを示そうとします。それらのいくつかは、また近い将来実現され、生活に溶け込んでくることになります。これは、現代から見た未来における「過去にとっての未来」になる可能性があります。タイムパラドックス的な表現でややこしいですが。そして、それはなんらかの示唆を与えてくれる可能性があります。
 
私たちは、さまざまな歴史から「これからどうなっていくのだろう」「これからどうしたらいいのだろう」を学ぼうとします。綿々と生み出されてきたSF作品も歴史資料として学ぶことがあってもおかしくありません。過去のSF作品を見て「それぞれの時代の未来」を振り返るだけでなく、新しいSF作品から、これから発生してくるテクノロジー活用の未来を知るヒントを得て見てはいかがでしょうか。 他の記事も読む。60秒で簡単無料登録!レギュラーメンバー登録はこちら >
 
 
■書籍情報
あのSFはどこまで実現できるのか テクノロジー名作劇場 (インターナショナル新書) 新書
 
著者: 米持 幸寿
出版社:集英社インターナショナル
価格:930円

 

この記事は、アイティメディア株式会社の許諾を得て
「ITmediaエグゼクティブ『ビジネス著者が語る、リーダーの仕事術』」
の連載から転載したものです。無断転載を禁じます。

Copyright(C)ITmedia,Inc. All Rights Reserved.

 

 

プロフィール

  • 米持 幸寿氏

    米持 幸寿氏

    システム情報科学博士

    1966年、埼玉県生まれ。1987年日本アイ・ビー エム入社後、自動運用ソフトウェア開発、先進テクノロジー利用の提案・試行案件の技術サポート、講演・執筆活動などを経たあと東京基礎研究所研究員を経験。2015年から2019年までホンダ・リサーチ・インスティチュート・ジャパンで実用化リエンジニアリングMgr、研究戦略室長などを務め、2020年2月にPandrbox (パンドラボックス)を創業。現在は同代表として、音声対話インターフェースの研究・開発に携わっている。

    この登場者の記事一覧をみる