企業規模には限界がある。
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井上 和幸
株式会社 経営者JP 代表取締役社長・CEO
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前回、ドラッカーは企業規模について、小企業、中企業、大企業、巨大企業の四つの段階があると区分していることをご紹介した。
そのうえで更に、ドラッカーはもうひとつの段階を紹介している。
「企業の規模には、もう一つの段階がある。もはやマネジメント不能なほど規模が大きな企業である。」(『現代の経営』、1954年)
巨大企業はどこまで巨大化してよいか。マネジメント可能な企業規模の限界はどこか。そもそも、そのような限界はあるのか?
「規模が大きいことが独占につながるとは限らない。社会的、経済的な柔軟性を妨げるとも限らない。一般にいわれているところとは異なり、巨大企業は新事業や小企業の成長を阻害しない。産業への新規参入は、法によって独占が認められている場合を除き、規模による力関係ではなく、技術や市場や資金に左右される。」(『現代の経営』)
実際に巨大企業はその規模がゆえに、部品の供給業者や製品の流通業者として数多くの独立した中堅中小企業(~大企業まで)を育てる。例えばアップル社を見れば、このことは一目瞭然だ。
「しかし、企業の規模がマネジメントを不可能にすることはある。すなわち、事業部長が企業全体のトップマネジメントと直接働くことができなくなり、手続きを踏まなければならなくなると、もはやマネジメントは不可能となる。社長代行としての何人もの執行副社長に加えて、何層もの事業担当副社長が必要になるほど規模が大きくなると、マネジメントは不可能となる。」(『現代の経営』)
さらには、事業全体の目標設定を担当する経営管理者がトップマネジメントのメンバーではなくなり、自分たちを調整し、自分たちの考えをトップマネジメントに伝えてもらう執行副社長や事業担当副社長を置く必要が出たならば、それは企業がマネジメント不可能なまでに拡大したという明確なサインとなる。
あるいは、有能な人材が最下層からトップまで昇進していくことが不可能となったならば、ドラッカーは、それはもはや企業があまりに大きくなりすぎていることだとも指摘する。
「そのような企業では経営管理者を温室栽培することが必要になる。しかも、貴重な資源である人材の活用ができず、経営管理者の不足に苦しむことになる。」(『現代の経営』)
ここでドラッカーは、いわゆるエリートコースの存在を否定しているのが、興味深い。
「最後に、事業があまりに分散して経営管理者の間に共同体意識を醸成できなくなったとき...