TOP 私が経営者になった日 【伊那食品工業株式会社 塚越英弘氏】「いい会社」とは何か。経験と実感を通して、経営者となっていった。(Vol.2)

2022/07/25

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私が経営者になった日

第98回

【伊那食品工業株式会社 塚越英弘氏】「いい会社」とは何か。経験と実感を通して、経営者となっていった。(Vol.2)

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  • 塚越 英弘氏 伊那食品工業株式会社 代表取締役社長

 

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社長に任命された日=経営者になった日ではありません。経営者がご自身で「経営者」になったと感じたのは、どんな決断、あるいは経験をした時なのか。何に動かされ、自分が経営者であるという自覚や自信を持ったのでしょうか。

「社員にとっていい会社であろう」という極めてシンプルな理念のもと、1958年の設立以降、連続増収増益を続伸。多くの経営者がその秘訣を学ぼうとする「年輪経営」を実践する寒天製品トップメーカー伊那食品工業株式会社 代表取締役社長 塚越英弘氏に3回にわたってお話を伺ってみました。

田舎から東京に。帰る気はなかったが、30歳で立ち止まった。 (Vol.1)

「いい会社」とは何か。経験と実感を通して、経営者となって

いった。(Vol.2)

正しい考え方を持ちぶれないことで、社員を幸せにしたい。(Vol.3)

肩書きではない自分の居場所を見つけたい。

地元に戻り、伊那食品工業に中途入社した塚越氏。社長の息子としての入社で周りは、やりにくいこともあっただろうという。

 

「ポジションは父に任せていたのですが、いきなり次長という立場で入ることになりました。経営企画室次長と名前だけはかっこ良かったのですが、最初のころは手探りでしたね。他の伊那食品工業の社員に比べて、わたしの方ができるということが全くないじゃないですか。だから、自分の中でも随分葛藤はありました。」

 

約10年サラリーマンとして営業でやってきて、それなりの実績も自負もあったが、ここでいますぐできることがない。

 

「悶々としていましたね。そんななか、化工機部という自社だけではなくお客様の機械も造る部門がありまして、ちょうどいろいろ大きな受注があるところで問題が多発していたんです。それで、わたしがその機械の営業経験があるものですから、一緒にやるようになりました。経営企画室の業務だけではなく、化工機部次長として、工程管理をしたり、お客様と交渉したり。それが自分のできることだったんです。他の伊那食品工業の社員は寒天の製造以外で、そういう経験がないわけです。わたしの方がはるかに経験が多い。そこで自分の居場所がひとつ見つかったというのはありますね」

 

お客様との接点の中で、いろいろな問題ごとや解決しなければいけないことを、既存社員と一緒に解決していくというスタートの仕方は、結果的には塚越氏自身にとっても周囲にとっても良かったのだろう。

 

「良かったんだと思います。その化工機部をやったことで、わたしがいたからできたことがいろいろあったので、会社の中で自分の存在意義ができたんですよね。だから周りからも、社長の息子だからいるというのもあるなかで、化工機部での存在価値があって見てもらえるようになったんだと思います。」

 

わかったつもりで、わかっていなかった。

入社2年目を迎え、悶々とした状態から、自分がとにかくいまやるべきこととかやれることが見えてきた。

 

「その後ぐらい...

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プロフィール

  • 塚越 英弘氏

    塚越 英弘氏

    伊那食品工業株式会社 代表取締役社長

    伊那食品工業株式会社 代表取締役社長。日本大学農獣医学部卒業後、CKD株式会社に入社。その後、1997年に伊那食品工業に入社し、購買部長や専務、副社長を歴任。2019年より代表取締役社長に就任し、現在の最高顧問 塚越寛よりバトンを受け継ぐ。