TOP スペシャルコラムドラッカー再論 自己管理のマネジメントを実現するためには、報告と手続きに支配されてはいけない。

2022/07/11

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スペシャルコラムドラッカー再論

第325回

自己管理のマネジメントを実現するためには、報告と手続きに支配されてはいけない。

  • マネジメント
  • エグゼクティブ
  • 井上 和幸 株式会社 経営者JP 代表取締役社長・CEO

 

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自己管理によるマネジメントを実現すること。これは付加価値型のビジネスを行っている企業経営者に共通の願いだろう。
それには、報告、手続き、書式を根本的に見直すことが必要だとドラッカーは指摘する。

 

「報告と手続きは道具である。だがこれほど誤って使われ、害をもたらしているものはない。報告と手続きは誤った使い方をされるとき、道具ではなく支配者となる。」(『現代の経営』、1954年)

 

報告と手続きの誤った使い方は3つあるとドラッカーは言う。

 

「第一によく見られる誤りは、手続きを規範とみなすことである。」(『現代の経営』)

 

もちろん、そうであってはならない。手続きは完全に、効率上の手段だ。何をなすべきかは規定しない。迅速に行うための方法(のみ)を規定する。
行動の正しさは手続きとは関係ない。逆に、正しい行動は手続きによっては実現されない。

 

「第二によく見られる誤りは、手続きを判断の代わりにすることである。」(『現代の経営』)

 

だがしかし、手続きが有効に働くのは、もはや判断が不要になっているとき(だけ)である。
すでに判断を行い、その判断の正しさが検証されているという反復的な状況だけである。

 

「第三に、最もよく見られる間違った使い方としては、報告と手続きを上からの管理の道具として使うことである。」(『現代の経営』)

 

このことは、特にマネジメントの上層に情報を提供するための報告書や手続き、つまり日常の諸々の書式について言える。

 

「自らの仕事に必要のない情報を本社の経理部、技術部、その他のスタッフに知らせるために、20種類もの書式に記入しなければならないという工場長の例は、いくらでも目にする。その結果、工場長の注意は肝心の本来の仕事からそらされる。」(『現代の経営』)

 

ここまでひどくなかったとしても、どの会社にもおおよそ存在している「手続きのための手続き書式」「仕事のための仕事ルール」は、この例の際たるものだろう。

 

「単に管理上の目的のために依頼され要求されていることが、組織が何にもまして求めているものに思われ、自らの仕事の本質であるかのように錯覚する。憤慨しつつつも、本来の仕事ではないそれらのことに力を入れる。そして彼の上司までもが誤って導かれることになる。」(『現代の経営』)

 

社内情報共有のために報告書を完備したことで、経営への可視化は更に進んだが、その作業工数の増大で肝心の業績が悪化したという、笑い話のようなことが実際にある。
これらは管...

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プロフィール

  • 井上 和幸

    井上 和幸

    株式会社 経営者JP 代表取締役社長・CEO

    1966年群馬県生まれ。早稲田大学卒業後、株式会社リクルート入社。人材コンサルティング会社に転職後、株式会社リクルート・エックス(現・リクルートエグゼクティブエージェント)のマネージングディレクターを経て、2010年に株式会社 経営者JPを設立。企業の経営人材採用支援・転職支援、経営組織コンサルティング、経営人材育成プログラムを提供。著書に『ずるいマネジメント 頑張らなくても、すごい成果がついてくる!』(SBクリエイティブ)、『社長になる人の条件』(日本実業出版社)、『ビジネスモデル×仕事術』(共著、日本実業出版社)、『5年後も会社から求められる人、捨てられる人』(遊タイム出版)、『「社長のヘッドハンター」が教える成功法則』(サンマーク出版)など。

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