TOP スペシャルコラムドラッカー再論 生産性向上の源泉はどこにあるのか?

2021/12/20

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スペシャルコラムドラッカー再論

第297回

生産性向上の源泉はどこにあるのか?

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  • 株式会社 経営者JP 代表取締役社長・CEO 井上和幸

 

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日本企業の、特に非製造業についての生産性の低さは、もはや聞き飽きたくらい言われてきたことだ。
そもそもドラッカーは企業の生産性について、どう述べているかも興味深いところだと思う。

 

「企業は、顧客の創造という目的を達するために資源を利用する。企業は、資源を生産的に利用する機能を持つ。これが事業の管理的機能である。その経済的側面が生産性である。」(『現代の経営』、1954年)

 

ドラッカーは、生産性の向上、すなわち資源の有効利用こそ、企業が業績をあげ国民が生活水準をあげるための鍵であるとの考えは何も目新しいものではないが、我々は本当のところ生産性についてほとんど知らなく、その測定方法さえ知らないと言い切っている。

 

「生産性とは、最小の努力で最大の成果を得るための生産要素間のバランスのことである。生産性のコンセプトは、働く者一人当たり、あるいは労働時間一時間当たりの生産量なるコンセプトとは異なる。(中略)それら伝統的な生産性の尺度は、肉体労働だけが生産的な資源であり、肉体的な仕事だけが唯一の仕事であるとする18世紀の迷妄の上に立っている。それは、人間が生み出すものはすべて、肉体労働の単位によって測ることができるとする機械論的な誤謬の上に立つ。」(『現代の経営』)

 

いまや我々は意識・無意識に理解している通り、生産性の向上は、肉体労働内での熟練によるもので実現されるのではなく、肉体労働をなくす努力、肉体労働を他のものに置き換える努力によってもたらされるのだ。

 

「他のもの」とは、一つには機械設備であり、もうひとつには労働者を肉体労働者から知識労働者に変えることをドラッカーは指している。

 

「実は、そのような代替(=肉体労働者を知識動労者へ変えること)は、肉体労働から機械設備への代替の前に行われる。なぜなら、機械設備を計画し設計するという理論的、分析的、概念的な仕事を、誰かが行わなければならないからである。実のところ、経済学者が重視している資本形成率さえ、二義的な要因にすぎない。一国の経済発展にとって最も重要な要因は、ブレーン形成率、すなわち想像力とビジョンをもち、教育を受け、理論的、分析的な暴力をもつ人たちの産出率である。」(『現代の経営』)

 

ドラッカーはこの文脈の中で、国ごとの生産性の差が、設備投資にあるのではなく、経営管理者や技術者の数の差だと指摘している。
21世紀の現在において、米国、EC各国、北欧諸国各国、アジア各国、中国、ロシア、その他大陸各国、そして日本の国ごとの生産性の差がどこにあるかを考えた際、このドラッカーの指摘はいまだ成り立っている...

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プロフィール

  • 井上和幸

    株式会社 経営者JP 代表取締役社長・CEO

    1989年早稲田大学卒業後、リクルート入社。2000年に人材コンサルティング会社に転職、取締役就任。2004年よりリクルート・エックス(現・リクルートエグゼクティブエージェント)。2010年に経営者JPを設立、代表取締役社長・CEOに就任。 『社長になる人の条件』(日本実業出版社)、『ずるいマネジメント』(SBクリエイティブ)『30代最後の転職を成功させる方法』(かんき出版)など著書多数。