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2021/10/11

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日本全国注目社長!

第5回

広大発ベンチャー。経験と対人能力が研究の出口をつくる。【前編】

  • 日本全国注目社長!
  • プラチナバイオ株式会社 代表取締役 CEO 広島大学ゲノム編集イノベーションセンター 客員教授 奥原 啓輔氏

 

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大都市の利便性やリソースに頼ることなく、地方の土地で独自の成長・成功を遂げた企業と経営者に着目する連載「日本全国注目社長!」。今回ご登場いただくのは、広島大学発のバイオベンチャー プラチナバイオ株式会社を創業した奥原啓輔氏です。
研究者への道を志なかばで断念したものの、研究者の世界、研究者のおもいがわかるからこそ、その成果をビジネスとしてドライブする伴走者になれる稀少な経営者といえる奥原氏。
前編では、起業するまでのユニークな経歴や、それぞれのキャリアで培ってきた、まさにこの会社を立ち上げるために必要だった経験の数々について伺います。

 

(聞き手/井上和幸)

 

研究者支援をするはずが、内閣官房で知財の仕事に

私がもともと興味を持っていたのは、“生物としてのヒト”である自分でした。ですから、脳科学などにとても興味がありましたし、大学に入ってからはバイオの分野で研究者になりたいと思い、大学院にも進学しました。

 

ただ、「研究者としてずっと食べていくのは大変そうだぞ」という現実をやはり目の当たりにしてしまうわけです。研究者が落ち着いて研究できる職場は、実はそれほど多くないんですよね。40歳を過ぎてもポスドク…年単位の期間雇用契約を更新し続けるような立場でしか研究が続けられない人は、当時もいまもとても多いですし。

 

それで研究者への道は断念したものの、大学院まで進んでいたので「これまで学んだ専門性を活かす道はないか?」と考えたときに思い立ったのが、研究者を支援する仕事に就くことでした。

 

ちょうどJST(国立研究開発法人 科学技術振興機構)という団体が私のような人間を求めているというので、応募したら採用していただけた。それが、いまに続く大きな転機です。
JST入構後、最初の3年は産学連携のプロジェクト支援を担当していましたが、その後、内閣官房の首相官邸直結の部署で、国の知的財産戦略の策定などに関わる機会に恵まれました。
国の産業に関わるような特許や著作権をどう守っていくか、また活用していくかということを国家レベルで検討していく仕事です。

 

「いまとはずいぶん畑違いの仕事をしていたのですね」とよく言われますが、我々のようなベンチャーやスタートアップにとって、知財戦略って実はとても大切。とくに大企業さんと協業していこうというときは自社に強みのある技術がないと難しいですが、それをアピールすると同時に適切に守っていく方法も考えなければいけません。
いま現在、特許をどうやって取っていくか、知財をどう守っていくかというところを戦略的に考えられているのは、当時の経験があったからだと思っています。

 

内閣官房での仕事は非常に忙しく、あまり大きな声では言えませんがブラックな側面もありました。明け方の4時なのに、夕方の4時かと思うほどフロアで働いている人がいるとか…(笑)。
でも、そんな不夜城のようなところに身をおいたことで、「ここで働いたのだから、きっとどこででも働ける」といった自信が生まれました。
研究室ではどうしても自分の研究分野だけに視野が偏ってしまいますが、ここでは、知財戦略や特許を軸にして、ITから環境エネルギーまでいろいろな分野を見ることができた。そのことも、興味深く楽しみながら乗り越えられた理由だと思っています。

 

震災を機に広島へ 培われた対人コミュニケーション能力

ところがそこに、東日本大震災が起こりました。
当時、家族は広島にいて、東京で働いていたのは自分だけ。帰宅難民になって職場に泊まり、翌朝、首相官邸から被災地に飛び立つヘリの音で目が覚めたときに、「やはり家族は一緒に住んでいたほうが良い」と痛切に思いました。
広島大学在学中に出会った妻は、地元も広島。大阪生まれ、奈良育ちの私も東京に縁があったわけではありません。それで、東京に家族を呼び寄せるより、私が広島に戻ろうと決め、家族の住む広島で新しいスタートを切ることにしたのです。

 

転職したのは、たまたま社会人経験枠の求人があった東広島市の市役所です。
たしか面接の時は「国のイノベーションとか知財に関係していたので、市の産業施策をしっかりと盛り立てますよ」とプレゼンして採用されたはずなのですが、配属になったのは、なぜか子育て支援のこども家庭課。いや、確かに子どもは3人いますが…(笑)。
前職のバイオ研究→知財以上に、これまでの経験も経歴も関係のない仕事で、さすがに目が点になりました。

 

ただ、ここで働くことで、対人コミュニケーションスキルが爆上がりしたことはとても良かった。役所にはいろいろなお困りを抱えた方が次々に訪れるのですが、その方々のお話にしっかりと耳を傾けながら、職員は解決策を提案するわけです。
仮に自分がソリューションを持っていなくても、なんとか納得して帰っていただける策を考える(笑)。それを日々繰り返すことが相当なトレーニングになりました。

 

人生を変えたゲノム編集技術とその第一人者との出会い

東広島市は、隣の広島市から移転してきた広島大学との連携を深めるために、ずっと職員を派遣し続けてきました。その7代目の職員として私が派遣されることになり、そこで最初に古巣であるJSTからゲノム編集のプロジェクトを採ってくるというミッションを与えられました。

 

現在の共同創業者である山本卓(プラチナバイオ 取締役CTO/広島大学ゲノム編集イノベーションセンター教授)と出会ったのはここになります。
バイオの世界からしばらく離れていた間に、世の中では“ゲノム編集”という世界を変えるような技術が生まれていて、山本という日本のトップランナーがたまたま広島大学にいた。そして、いままさにそのゲノム編集で国のプロジェクトを採りにいこうとしているチームにジョインできた。―― 私のキャリアがまたひとつ、大きく変わったタイミングです。

 

こうした提案では、受け手側が「提案書にこういう風に書いてほしい」というポイントがあって、それを外すと採択されないのですが、そのあたりの勘所は私がわかっていた。それもあって、プロジェクトを採択してもらうことができました。
1.7億×5年。地方大学・自治体としては、大きな規模感のプロジェクトだと思います。

 

ただ、このプロジェクトは5年、私の派遣の任期は2年でした。
2016年からはじまったプロジェクトですが、任期を終える2018年頃にはモノができたり、社会実装への取り組みが進んだりしてきて、「いま離れるわけにはいかない」という状況に。それで、任期を1年延長することになりました。

 

そのうちに出てきたのが、プロジェクトと併走する、大学発ベンチャーのような枠組みの必要性です。大学は学術機関なので、ビジネスはできませんからね。
はじめのうちは大学の先生に「やりませんか?」ときいていましたが、先生は「自分は研究がやりたい。経営には興味がない」と…、まぁそうですよね(笑)。それで、「ならば、奥原やってみたら?」という流れになったわけです。

 

結局任期を延長してもらったにもかかわらず職場に戻ることなく、公務員が起業することはできないということもあって、市役所の仕事は辞めました。まぁ、辞意を伝えても「やっぱりそうだよね」と妙に納得され、引き留めてももらえませんでしたが…(笑)。

 

時間や場所に制約されない体制作りで地域特性の恩恵も十分に

広島という地方都市で起業したことに関しては、いまはまったく不自由を感じていません。むしろ、地方だからこそ大学発ベンチャーとしては競争相手が少ないのはメリットだと思います。
これが東京なら、たくさんの競合がいて埋もれてしまいますが、広島ではゲノム編集をやっているベンチャーなんてほかにありませんから、否が応でも目立ちます。

 

すると、市長も知事も覚えていてすごく大切にしてくれますし、「こういうプロジェクトがあるんだけど一緒に考えない?」なんてことあるごとに声をかけてくれます。
しかも、私が元職員ですからね。「ちょっと前までうちにいた子でしょ」くらいのノリで気軽にコミュニケーションを取ってもらえるアドバンテージもあります(笑)

 

ただ、市役所勤務時代は個人情報のカタマリを扱っていたこともあり、仕事を家に持って帰れないなど、かなり制約がありました。でも大学は自由度がとても高くて、パソコンが1台あればどこででも仕事ができる。これは、東京勤務時代にも実現できなかったことです。

 

私自身も、場所や時間に制約されず、いろいろな人に関わってもらえる体制作りをしたかったので、創業時からすべてのシステムをクラウド化しました。
雇用についてもいろいろな形態があって、時給で働いている兼業・副業の方もいれば、裁量労働制の方も業務委託の方もいます。働く場所はもちろん広島じゃなくても構いません。いまはシリコンバレーからジョインしてくれている人もいます。

 

やはりプロフェッショナリティの高い世界ですから、東京、大阪といった日本の大都市圏だけではなく、海外からも優秀な方にはどんどんかかわりを持っていただきたい。そのために、柔軟な仕組み作りを大切にしています。

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プロフィール

  • 奥原 啓輔氏

    プラチナバイオ株式会社 代表取締役 CEO 広島大学ゲノム編集イノベーションセンター 客員教授

    1977年大阪生まれ、奈良育ち。広島大学へ進学し、広島との地縁ができる。バイオ研究者を志し大学院に進学するも挫折、研究者の道を断念し、2006年、科学技術振構機構(JST)に入構。数々の産学連携プロジェクトに携わり、アカデミアの研究シーズを企業へ橋渡しする役割の重要性を感じる。その後、内閣官房(知的財産戦略推進事務局)等を経て、2012年に東広島市役所に入庁。2016年に広島大学に派遣され、産学連携支援業務に従事。ゲノム編集のトップランナー・山本卓(広島大学ゲノム編集イノベーションセンターセンター長・教授)と共に、OPERA「ゲノム編集」産学共創コンソーシアム(2016-2020)、COI-NEXT「バイオDX産学共創拠点」(2020-)を構築・運営。研究成果の社会実装を加速する大学発ベンチャーの必要性に気付き、文部科学省EDGEプログラム、JST社会還元加速プログラム(SCORE)等を通じて起業家となる。2019年8月、「プラチナバイオ株式会社」を山本卓と共同創業し、代表取締役CEOに就任。2021年4月より、広島大学ゲノム編集イノベーションセンター客員教授を兼任。