TOP イマ、ココ、注目社長! 京都から世界へ、宇宙へ。「計る」を突き詰め、新しいAI事業のかたちを創りたい。【前編】

2021/08/18

1/1ページ

第165回

京都から世界へ、宇宙へ。「計る」を突き詰め、新しいAI事業のかたちを創りたい。【前編】

  • 経営者インタビュー
  • 経営
  • 組織
  • 注目企業
  • 株式会社HACARUS 代表取締役CEO 藤原 健真氏

 

60秒で簡単無料登録!レギュラーメンバー登録はこちら >

 

 

ヘルスケアのAIベンチャーとして、京都でスタートしたHACARUS(ハカルス)。現在は、ヘルスケア分野に特化して展開していた技術を医療や製造の分野にも応用し、人工知能を使ったデータ解析サービスを中心に提供しています。

代表を務める藤原健真氏は、子どもの頃からプログラミングに親しみ、アメリカで学位を取得。若手起業家が次々に台頭するシリコンバレーの熱狂を肌で感じ、自身も起業を志すようになったと言います。

前編では学生時代から、帰国して最初に立ち上げた会社のエピソード。そして、4社目となる現在の会社創業の地として、なぜ京都を選んだのか? その深くもユニークな理由について伺いました。

 

(聞き手/井上和幸

起業を目指し “不良エンジニア”に扮した新人時代

――そもそものお話からですが、起業家志向は学生時代からお持ちだったのですか?

 

藤原 いえ、自分は社長業と教師にだけは向いていないと思っていました(笑)。しかし、10代後半でドットコム・バブルのど真ん中のアメリカに留学して大きく変わりました。Yahoo!ができてGoogleができて、私が在籍していたコンピューターサイエンスの学科では、大学4年生になってもほとんどが事業計画書を書いて、プロトタイプを作って、ベンチャーキャピタルを回って出資を募るという活動をしていた。それが、優秀な学生の就活…ではなく起業パターンだったのです。

 

――それが当たり前という世界だったのですね。

 

藤原 異常な熱気で、みんな「自分たちが次のGoogle、Yahoo!を作る」と思っていました。鼻息の荒い連中に囲まれていたのでかなり強烈に感化され、「私もいつかは起業しなければ」と思うに至ったわけです。一度サラリーマンになりましたが、会社を興すためにきっかり3年で退職しました。

 

――ソニー・コンピュータエンタテインメントに就職されましたが、この会社を選ばれた理由は?

 

藤原 私は、父親がソフトウェアエンジニアだった影響で、10歳の頃にはパソコンでプログラミングを始めていました。学生時代にはゲームを作る環境もあって、当時からある意味ソニーには目を付けられていたんです(笑)。面接を受ける頃にはもう「ああ、藤原くんですね」という感じで、そのまま吸い込まれるように就職しました。

本当は大学卒業後、そのまま米国企業に就職する選択肢もありました。しかし、「いずれは日本で起業する」という想いを持っていたため、日本の企業でかつ、ものづくりをきちんとしている会社で日本の会社経営を学びたいと考え、帰国することにしたのです。

...

こちらは会員限定記事です。
無料会員登録をしていただくと続きをお読みいただけます。

プロフィール

  • 藤原 健真氏

    株式会社HACARUS 代表取締役CEO

    京都を拠点とするAIスタートアップ「株式会社HACARUS」の代表取締役CEO。 1976年生まれ、滋賀県出身。カリフォルニア州立大学コンピューター科学学部卒業。 学校にクマが出没するような滋賀県の田舎町から、18歳で単身アメリカに渡り進学。帰国後、ソニー・コンピュータエンタテインメントでエンジニアとしてPlayStationの開発に従事した後、数社のテクノロジーベンチャー企業を共同創業。京都を拠点にするハードウェア・IoT特化型グローバルVC「Makers Boot Camp」の共同創業者。 2010年から活動拠点を京都に移し、京都が持つ大学の技術と知財、ライフサイエンス・モノつくりの経験と知見、優秀な日本人学生と留学生、よその真似をしない独自のビジネス価値観、といった強みを再発見する。2014年に株式会社HACARUSを創立。 趣味はアウトドア、山登り、夜に日本酒を飲みながらのシンセサイザーいじりとテクノ音楽制作。尊敬する経営者は任天堂の故岩田さん。