TOP 日本全国注目社長! 難病をきっかけに健康の世界へ。研究開発に情熱を注ぎ、次々に生み出した画期的な商品。すべての人の「ボディケアカンパニー」を目指して未来への挑戦は続く。

2021/05/31

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第3回

難病をきっかけに健康の世界へ。研究開発に情熱を注ぎ、次々に生み出した画期的な商品。すべての人の「ボディケアカンパニー」を目指して未来への挑戦は続く。

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  • ファイテン株式会社 代表取締役 平田 好宏氏

 

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ユニークな経営で注目を集めている全国各地の会社社長、経営者、起業家に、そのストーリーや経営方針、戦略などを伺っていく「日本全国注目社長!」。

 

今回ご登場いただくのは、“健康”をキーワードに、化粧品、医薬部外品、医療機器から、スポーツ関連商品、健康食品、住宅まで幅広く事業を展開するファイテン株式会社の代表取締役 平田好宏さん。

 

京都の地で、本来なら家業の織物業を継ぐはずでしたが廃業をきっかけに料理人の道へ。ところが、難病の膠原病に侵されたことから健康に関心を持つようになり、やがて治療院を開業。そこでの経験をもとに病気を未然に防ぐ治療機器などの開発・販売で成功を収めてきた。

 

会社設立から38年。困難に直面した時期もあるが、創業の原点に返って乗り越えてきた。「まだまだ未来の目標がある」という平田さんに、これまでの波乱の人生とビジネス、経営のこだわりを語っていただいた。

 

(聞き手/井上和幸)

 

家業の廃業で料理人となるが難病に侵される

もともと実家は織物業を営んでいました。京都の丹後地方特産の「丹後ちりめん」という絹織物で、和装生地に使用します。

ですが、斜陽産業で先の展望が見えませんでした。だから、後を継ぐのが嫌で嫌で(笑)。結局、20歳ぐらいの時に実家が廃業したので「これはチャンスだ!」と思い、子供の頃から好きだった料理の世界に入りました。

 

ただスタートが遅かったんですね。いまは大卒の調理人なども珍しくありませんが、当時は中卒が当たり前の世界。早く追いつこうと思って相当に無理をした結果、健康を損なってしまいました。難病に指定されている「膠原病」にかかったんです。膠原病にはいろいろな症状がありますが、私の場合には筋肉に炎症が起こり、心臓に炎症が起これば、死に至る可能性もあると言われました。

何しろ聴き慣れない病気なので、自分で調べますし、人にも聞きますよね。そうするうちに、自然に「健康」に関心を持つようになりました。

 

とはいえ、関心を持ったとしても、それを仕事にするつもりはありませんでした。

ただ、私の場合には不思議なことに、その後半年ほどで病状が出なくなったんです。ごくまれにそういうことがあるらしい。今でも膠原病の病原は持っていますが、46年間発病していません。病原があるからと言って、必ずしも発病するとは限らないんですね。

 

健康に関心を持ち療術師となって治療院を開く

身体が快復してからは、再び好きな料理の道に戻りました。幸運なことに協力してくださる方がいて、25歳で喫茶店を開いて独立。

その店がうまくいって、多少お金と時間に余裕ができた時に、再び「健康」への興味が高まって近畿療術師連絡協議会の「療術師」の学校に通い始めま...

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プロフィール

  • 平田 好宏氏

    ファイテン株式会社 代表取締役

    1953年 京都府網野町(現京丹後市)生まれ。家業で絹織物を扱っていた縁から、1972年に京都府の織物メーカーに入社。 1978年 料理人に転職。 1980年 膠原病と診断されたことをきっかけに、「療術」の道を目指す。 1982年 一社)近畿療術師連絡協議会で「療術師」の免許を取得し、治療院を開業。 1983年 施術のみならず、患者自身で手軽にケアができる用具の開発を目的に、有限会社ソフトを設立。 1994年 ファイテンに社名を変更し、現在に至る。