2021/05/24
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私が経営者になった日
第65回
【カクイチ 田中社長】MBAをとって乗り込むも 自分の力不足に 挫折と辛抱の日々。(Vol.2)
- 経営
- キャリア
- 経営者インタビュー
- 株式会社カクイチ 代表取締役社長 田中 離有氏
社長に任命された日=経営者になった日ではありません。経営者がご自身で「経営者」になったと感じたのは、どんな決断、あるいは経験をした時なのか。何に動かされ、自分が経営者であるという自覚や自信を持ったのでしょうか。
国内有数のホースメーカーであり、倉庫・ガレージの製造販売、太陽光発電、ミネラルウォーター事業、さらにはAIを活用した農業分野への参入など幅広い事業を展開する株式会社カクイチ 代表取締役社長 田中離有氏に3回にわたってお話をうかがってみました。
(第1回はこちら)
悩みながらも、結局父の勧めで就職。
自分が何者で、何をしたらよいか分からない。自分の中は実は空っぽなのではないか。そんな悩みを心のうちに持っていた田中氏は就職でも悩む。年の離れた兄がすでに入社しており、カクイチに入る気はなかった。
「何となく周囲のみんなが金融というけれども、家が物作りをしていたということもあって、やはりメーカーに行きたい。それも大企業ではなくて5,000人以下の会社。その当時、父親も『これからは海外だ』としきりに言っていたので、海外展開している会社。何か技術を持っていて、人材教育に熱心な会社。そんな条件の会社に惹かれました。」
条件は立てたものの、自分が何をしていいのかあまりわからないし、結局父に紹介された群馬の空調機メーカーに入社する。入りたい五つの条件も満たしていた。
「大手自動車メーカーにコンプレッサーを輸出するなど、海外展開もしており、技術があって、教育も熱心だということで入りました。実際はあまり主体性なく、何となく、父親が勧めるからっていうので流れに乗ってしまったというところです。父親なりの作戦があったのでしょう。6、7倍はデカい会社ではありますが、アメリカに工場があり、ローカルカンパニーで、同族会社という点でカクイチと同じだったんです、実は。だから父親としては、修行に行かせたつもりだったのだと思います。しかし当時はそんなことすら気づかなかった。あまりものを考えていない若者でした。」
プライドを捨て個人として勝負するしかない。
そして父の思惑も知らずに、この会社に自分は合っていると思って入社、希望通り海外部門に配属される。
「急成長していた会社だったので、英語・スペイン語・フランス語べらべらの中途採用者ばかりの部門に、いきなり新入社員で入ってしまって、コンプレックスの塊みたいになりました。手取りの少なさには驚いたし、コテコテの同族会社で、社員が酒のネタに同族批判。『やばい、どうしてこんなところに入ってしまったんだ』と最初は思いました。
でも権限委譲がすごくて、ばんばん仕事させてくれる。大手商社勤務の兄と、シッピング...
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