TOP 私が経営者になった日 【ホームセンターカインズ 土屋会長】「実家を潰す」と言われた男が、業界トップ企業を率いるまで (Vol.1)

2021/01/18

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私が経営者になった日

第52回

【ホームセンターカインズ 土屋会長】「実家を潰す」と言われた男が、業界トップ企業を率いるまで (Vol.1)

  • 経営
  • キャリア
  • 経営者インタビュー
  • 株式会社カインズ 代表取締役会長 土屋 裕雅氏

 

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社長に任命された日=経営者になった日ではありません。経営者がご自身で「経営者」になったと感じたのは、どんな決断、あるいは経験をした時なのか。何に動かされ、自分が経営者であるという自覚や自信を持ったのでしょうか。 

 

グループ総売上は1兆円を超える一大流通企業、ベイシアグループ。創業家2代目であり、現在はその中核を担う企業の一社、業界のトップ企業として常に新しい試みで成長をし続けている株式会社カインズ代表取締役会長の土屋裕雅氏に3回にわたってお話をうかがいました

 

“いせやを潰す男は、お前だな”。

今やグループ総売上は1兆円を突破した一大流通企業グループ、ベイシアグループ。その前身である創業家「いせや」の長男として生まれた土屋氏だが、自分の将来については、いつ頃からどのようなことを意識していたのだろうか。

 

「子どものときから周囲に『次の社長だ』と言われることはあっても、当時はあまり真剣な話には思えず、自分でも真面目に聞いていなかったところがありました。さらに創業者である父に“自分の好きな仕事ができるのであれば、それをやればいい、自由でよい”とも言われていたので、特に何かを継がなければというふうに思ったことが、実はありません。

 

高校は群馬県立前橋高校といういわゆるバンカラな男子校で、当時は成績も悪くて、今思うと素行も良くありませんでした。その頃ウチは『いせや』という屋号で地元ではそれなりの知名度もあったのですが、あるとき、担任でもない先生が僕に“いせやを潰す男は、お前だな”って言ったんです。“何だよ!”と思ったものの、僕がその人の立場だったら、そりゃ言うわと思うくらい、本当に駄目な学生だったんですよ。でも“そもそも継ごうとか思ってないし”というぐらいでしたから、そのまま地元を離れて大学に行ってしまいました」

 

ウォール街で働きたかった。

大学卒業後、土屋氏は野村證券に就職する。

 

「金融の仕事というのは経済の中心でもあるし、当時、僕は海外で働きたいと思っていたんです。寺沢芳男さんの『ウォール・ストリートの風』を読んだら、野村證券のニューヨーク時代の話が書かれていて、これが素晴らしかった。ミーハーですから、その影響で、ウォール・ストリートで働きたいと思ったんですね、単純ですけれど。就職については父と相談することもありましたが、そのときも別に、そこから戻ってきて家業をみたいな話はなかったんです」

 

ニューヨークに行かせるという約束で内定をもらった別の証券会社もあったが、最終的に辞退をした。

 

「ニューヨーク勤務は魅力でしたが、他の内定者になんというか志の...

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プロフィール

  • 土屋 裕雅氏

    株式会社カインズ 代表取締役会長

    1966年9月生 群馬県出身
    1990年 早稲田大学商学部 卒業
    1990年 野村證券株式会社 入社
    1996年 株式会社いせや(※)入社
        (※現 株式会社ベイシア)
    1998年 株式会社カインズ 入社
    1998年  同  取締役就任
    2000年  同  常務取締役就任
    2002年  同  代表取締役社長就任
    2019年  同  代表取締役会長就任
                  (現任)