2020/11/30
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私が経営者になった日
第48回
【大都 山田氏】継ぐに値する会社を作り続けよう。 (Vol.3)
- 経営
- キャリア
- 経営者インタビュー
- 株式会社大都 代表取締役社長 山田 岳人氏
●廃業と全員解雇のトラウマを越えて。
ECサイトは順調に伸びていたが、2004年に元々の本業であった金物問屋は廃業し、そこに関わる社員を全員解雇した。
「このまま行くと、事業を継続できなくなる可能性が高い。申し訳ないけれど、廃業させてほしいというと、義父は何とか会社は残してほしい、その上で“もう、お前の好きにやったらええ”と言ってくれました。」
そこで山田氏は、当時いた社員に「もう1年やって赤字だったら廃業するので、そのつもりでこの1年間、ちょっと踏ん張りましょう」という話をする。
「しかし、結局その1年後も見事赤字で、全員に退職金を満額お支払いして解雇しました。先代も“何も言わへん”と言ってからは本当に何も言いませんでしたが、先代とずっと一緒にやってきた人たちを、僕は全員クビにしたわけです。会社と家が生まれた時から一緒だった妻も、自分の旦那が全員をクビにして、内心すごく辛かったと思います。いまでも僕の一つのトラウマでもあるんです。
そこからは最初の意思決定は義父でなく僕がするというふうになっていたので、ある意味、代表権は持っていないけど、経営をしている。専務でしたけど代表としてやっていましたね」
●企業文化が一番重要だ。
その解雇以来、企業にとっては一番重要なのは企業文化であり、組織のカルチャーというものだと強く感じるようになった。
「入社してすぐに古参の社員さんに“会社の売り上げって、今期いくらなんですか?”と聞いたら“知らん”って言うんですよ。誰も知らないんです。“月間、どれぐらいの目標を持ってやっているんですか?”と言ったら“売り上げ目標ないよ”。“嘘やろ!?”数字を追いかけない営業って何なのと。前職のリクルートでは、数字にずっと追われ続ける生活をしていて、それが良かったかどうかは別として、あまりにも経営に対する意識が低いと感じました。
でもそれは、その人たちのせいではなくて、そういう意識をもたせてしまう経営をしてきた経営側の責任だと思うのです。結局はこの組織で戦うのは無理だとなりましたが、僕が入社してから、2004年までの間に組織を変えられなかった、企業文化を変えることができなかったのが、そうした結果に結びついた。だから、僕がいまでも組織にすごいこだわりがあって、会社のカルチャーということをいつもすごく強く言うのは、やっぱりそこが原点なのですよ。」
●イングリッシュネームもカルチャー
「ビジネスを育てるとか、成功させるというのは、もちろん大変なことだけれども、わりとできやすいというか、やれる方はたくさんいると思う。でもカルチャー、企業文化を本当の意味で徹底させるのって、ものすごく難しい。時間もかかりますしね。」
大都でイングリッシュネームをつけて呼び合っているのにも、ビジネスとしてグローバルを意識している...
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