TOP 私が経営者になった日 【大都 山田氏】もしかしたら日本一になれるかもしれない。(Vol.2)

2020/11/16

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私が経営者になった日

第47回

【大都 山田氏】もしかしたら日本一になれるかもしれない。(Vol.2)

  • 経営
  • キャリア
  • 経営者インタビュー
  • 株式会社大都 代表取締役社長 山田 岳人氏

●自分も利用したこともないネット通販で勝負。

時々腐りながらも「何とかしたろう」というふうにずっと思っていた山田氏は、先代に「この仕事が面白くない」とか「未来がない」とか、そんなことを言ったことは一度もなかったという。

 

 

「前職で鍛えられた営業の足腰は強かったので、新規顧客の開拓、飛び込みなんかも何の抵抗もなく、ものすごくしました。でも、問屋事業というのは、新規のお客さんには、いま仕入れていらっしゃるお値段よりも安い値段を出さないとダメなんです。結局、お客さんは増えるんだけれども、収益が全然上がらないんですよね。

入社3年ぐらいたって多分、商品知識に関しては、社内で1番だろうなというぐらいになったんですよ。もう、めちゃくちゃ勉強したんです。」

 

 

それでも、その知識ではお金にならない、事業として儲からないという状況だった。

 

 

「“放っておけば、このままのビジネスでは会社が死ぬことは見えている。最後だから小売店か何かで打って出ようかな。ただ、そんな資金もないんだよ”という話を同窓会でしていたら、幼馴染が、“これからはネット通販やで”“そうなの?”と。それで次の日、パソコンを買いに行きました。ほんま、次の日に。ネット通販も利用したことがないくせに、ネット通販しようとしたんですよね。」

 

●月商100万に行くまで1年半。

昼間はトラックに乗って、問屋の事業をしっかりやった上で、夜は新しい事業をやる。

 

 

「そこはある意味プライドといったら変だけど、問屋業をおろそかにするということがやっぱりできなかった。ただでさえ古参の社員さんは、新規事業を、あまりいいように思っていなかったので。“そんなもん、誰がネットで買い物するんや”と。ある程度の量で小売店に納品する問屋業から見れば、1ユーザーに1個を送る“そんなもの儲かるかよ”ってよく言われていました。」

 

 

そこでで、問屋業は100パーセント以上やって、それプラス新規事業であるeコマースの事業に取り組むということをやっていたのだ。

 

 

「しんどかったですよ。昼間はトラックに乗っているから、夜、作業をするでしょ。その日のうちにはだいたい家に帰れない、毎日それの繰り返しですよ。地方に出張に行っても、ホテルでその作業をする。僕1人しかいないので。」

 

 

どうなるかわからない新規事業なので、そこに人を充てることはできない。『月商100万円いくまで、1人でやろう』と決めていた。

 

 

「結果、1年半かかりました。目標の100万円を達成したので、近所のパソコンできますよという子を1人採用したんです。そうしたら彼女が、僕が昼...

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プロフィール

  • 山田 岳人氏

    株式会社大都 代表取締役社長

    1969年11月生まれ。石川県出身。大学卒業後、リクルートに入社。 6年間の人材採用の営業を経て、1998年に総合金物工具商社であった大都に入社。2002年にEC事業を立ち上げる。 2011年、代表取締役に就任。2014年、リアル店舗「DIY FACTORY OSAKA」2015年東京二子玉川ライズに「DIY FACTORY FUTAKO」をオープン。 2017年にGreenSnap株式会社を子会社化し、同年カインズと資本業務提携を結ぶ。 2018年、一般社団法人ベンチャー型事業承継の理事を務める。(社)日本DIY協会が認定する「DIYアドバイザー」の資格を持つ。