TOP 異能の経営者 ~ I know. ~ 【横山裕一氏】死ぬまでに、脳で考えるだけで遊べるゲームを作りたい。(Vol.5)

2020/04/10

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第30回

【横山裕一氏】死ぬまでに、脳で考えるだけで遊べるゲームを作りたい。(Vol.5)

  • 経営
  • キャリア
  • 経営者インタビュー
  • 株式会社アールフォース・エンターテインメント 代表取締役社長/ゲーム職人 横山 裕一氏

 

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国内大手パブリッシャーからの受託制作を中心に、多数のゲーム開発を行ってきたアールフォース・エンターテインメント。ゲームの未来、エンターテイメントの未来を常に考え続けて来たという代表の横山裕一氏には、死ぬまでに実現したい夢があるという。経営者としての氏の視線の先に、見えている未来はどのようなものなのだろう――

「ここに勤めて良かった」と思える会社に

――ハドソンさんのご縁で法人化されました。会社体となると運営もありますよね。ここまでのお話から、横山さんは何よりもご自身がプレイヤーでありたいという思いが強いように感じますが、そのあたりはどうされてきたんですか?

 

おっしゃるとおりで、設立当初は木村と二人でお客さんを驚かせるものをとにかく作っていこうと思っていました。しかし、携帯電話でも開発規模が大きくなってからはそうも言っていられなくなりました。

 

当時、セガさんの看板タイトルであるメガドライブの『ソニック・ザ・ヘッジホッグ』を携帯電話に移植して、全世界の端末でリリースするというかなりシビレる仕事を担当したのですが、案の定とにかく大変で。これまでは、デザイナーもプランナーも一人で数本掛け持ちという体制でしたが、ここへ来て1本の仕事に複数のプログラマーやデザイナーが必要になってきました。会社の転換点はここだったと思います。

――それからは、採用にシフトを?

 

それまでは、社保や年金などの業務も決算や原価計算、給料計算も自分でしていましたからね。定款も自分で作って「ゲーム業界に革命」と書いて登記できなかった経験があるくらいで(笑)。サイバーエージェントグループに入るまで、社会保険労務士さえ雇っていなかった。

 

だけど、人を沢山雇おうと決めた時に、社員や社員の家族の人生を背負う覚悟もしたし、働いてもらう以上「ここに勤めて良かった」と思える会社にしたい。だから、“永遠に成長や変化ができる会社にしよう”と木村と話し合って決めました。

■逆境を乗り越えて初めて知った経営の楽しさ

――今の規模はどのくらいなんですか?

 

業務委託や派遣さんを合わせると70名くらいです。人材に投資するようになって、さらに新しいことにチャレンジしていかなければと、2010年くらいからiPhoneの研究開発にも予算を割くようになりました。

 

 

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プロフィール

  • 横山 裕一氏

    株式会社アールフォース・エンターテインメント 代表取締役社長/ゲーム職人

    1972年 大阪府生まれ。 京都コンピューター学院に特待入学、その後除籍。 24歳までフリーターとして、コックや大工、ビラ配りなど様々な職業を経験する。 専門学校からフリーター時代に、友人らとインディーズゲームを制作、海外で5万本以上のスマッシュヒットを記録した。 1998年からゲーム専門学校にて講師を勤め、そこで知り合った木村信行(現専務取締役)と翌年、有限会社アールフォース・エンターテインメントを設立。 ハドソン、セガ、スクウェア・エニックス、バンダイナムコ、コナミ等の大手ゲーム会社と直接取引し、家庭用ゲーム機や携帯電話機向けゲームを現在までに333本以上リリースしている。 2011年にリリースしたiOS向け自社オリジナルタイトル「Coinfalls忍」は全世界64ヶ国以上でゲームのジャンルランキングでBest3以内に入った。 スマートフォン向けでは、開発したゲームの約8割が各アプリマーケットでダウンロード数1位を獲得している。 2019年9月にサイバーエージェントグループから独立し、現在もディレクター/プロデューサーとして新規ゲームの制作を行う傍ら、専門学校の講師を続け後進の育成にも力を入れている。