TOP 私が経営者になった日 【はくばく 長澤氏】理念実現のために言行一致で加速する。(Vol.3)

2020/03/02

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第36回

【はくばく 長澤氏】理念実現のために言行一致で加速する。(Vol.3)

  • 経営
  • キャリア
  • 経営者インタビュー
  • 株式会社はくばく 代表取締役社長 長澤重俊氏

 

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●大規模な自主回収事件で苦渋の決断

経営者としての16年。最大の困難ともいうべき事件が起きたのは2007年だ。

 

「大規模な自主回収をしたのです。これまで、いろいろなことで自分が経営者になっていったと思いますけど、経営者の孤独というか、これは経営者にしか判断できないことだなと思って苦渋の決断をしたのは、この時です。」

 

工場内のパイプの静電気を防ぐ細い銅線が経年で露出して商品の中に混入していたのだ。生産部門からの報告で計算すると対象は25万個にものぼる。入ったのは、非常に細い糸みたいな金属で、実験しても誰も存在がわからないレベル。実際に健康被害もないし、気がつくこともないかもしれない。

 

「そういう場合に食品業界でよくある商品を回収しないで、個別対応で済まそうかという空気が社内に流れたんですよ。

これはいかんなと思ってね。大変なことになるぞと思いながら、回収すると決めました。相談すると、みんな“いや、社長。個別対応でいきましょう”と返してくる。でも私が一番恐れたのは、品質に対して社長はそういう考えだと示すことになることです。だから、もしクレームがゼロであったとしても、ここは自分たちとして回収しようと決めました。そこまではカッコいいんですけど、どこからか聞きつけた地元の新聞記者が日曜日の緊急対応会議中に来ました。せっかく来たから君もタダでは帰れないよね、という優しい気持ちを出したのが仇になりました。」

  • 決断は正しかった、対応は反省した。

翌日新聞に大きな記事が出て、全国放送でもニュースが流れてしまう。問い合わせや関係各所からのお叱りで、社内は大混乱となる。

 

「新聞記者に対してはその場で応えず、記者会見で言いますからというのが正しい対応だったんですね。決断自体は間違っていなかったと思うけれど、その対応がまずかったというか、うかつだった。いろいろ勉強になりました。

でも、あの決断をしたときが、経営者とはこういうものだろうなと思いました。みんなは反対しているけど、私の決断としてみんなに伝える。みんなが言ったからではなくて、私が決める。社長室に1人で、正直、非常に迷いましたよね。言わなきゃ楽だろうなとかね。父も私の決断を何も口出しせずにいてくれました。そこにはとても感謝しています。

この社長としての決断と実行は大変でしたが、結果的に品質に対して、そこで社員の意識が大きく良い方向に変わったと思います。」

 

 

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プロフィール

  • 長澤重俊氏

    株式会社はくばく 代表取締役社長

    1966年(昭和41年)山梨生まれ。1989年(平成元年)東京大学経済学部卒。同年、住友商事(株)入社。1992年(平成4年)(株)はくばく入社。2003年(平成15年)から同社代表取締役社長に就任。 「穀物の感動的価値を創造し、人々の健康と豊かな食生活を実現します。」を企業理念とし、穀物をもっとおいしく、簡単に、楽しく食べていただき、世界中の人々が健康で豊かな食生活を送っていただくための事業を展開。主な事業として、大麦の精麦事業、雑穀事業、乾麺事業、麦茶事業、穀粉事業、米穀事業などを行っている。