TOP 売れる営業パーソンはどのようにして育つのか? 営業パーソン各自の課題は、職場と連携したオンライン研修だから解決できる。(1/5)

2019/10/22

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第1回

営業パーソン各自の課題は、職場と連携したオンライン研修だから解決できる。(1/5)

  • 売れる営業パーソンはどのようにして育つのか?
  • キャリア・働き方
  • スペシャル対談
  • エマメイコーポレーション代表取締役 大塚寿氏
  • 株式会社 経営者JP 代表取締役社長・CEO 井上和幸

 

営業力を高めて自分の仕事と結び付けられるかどうかが「人生の分かれ目」になる。

井上 ところで、大塚さんは、リクルートを退職後、どういう流れで営業というテーマでビジネスをされるようになったのですか。

 

大塚 それは食べていくためですよ(笑)。自分の競争優位性・強みをどこに生かすかと考えたところで、消去法で「営業力」しかなかった。

 

今に至る経緯を手短にお話しすると、そもそも私は独立することを前提にリクルートに入社しました。トップセールスを取ったら辞めるつもりで入って、1年目で取ることができました。

 

2年が過ぎて、もっと成長したいと思っていたところに、偶然立ち寄った書店でMBAのことを知り、アメリカに留学することに決めたものの、留学するには受験勉強の時間が必要でしたし、向こうでの生活費も含めて1000万を超えるお金が必要だったので、激務のサラリーマン生活を続けていては無理でした。そこで群馬県の実家に戻り、午前中はヤマメの養殖を、午後からは図書館で受験勉強を、という生活を2年半ほど続けて、お金を貯めました。

井上 ヤマメの養殖は、ご実家の水源を使って、ご自分で始められたんですよね。で、大儲けして留学できた。それもすごい話ですが。

 

大塚 2年間で1000万円超の資金が貯まりました。で、うちは材木屋だったのですが、余っている畑があったので、出発前にそこに樅(もみ)の木をたくさん植えておいたんです、東京ドーム数個分に。

 

なぜ樅の木を増えたかというと、クリスマスツリー用に大量に売るためです。当時はバブル経済だったので、商業施設に飾られていたクリスマスツリー用の樅の木は、結構な金額で取り引きされていました。私はそれを知っていたので、帰国した後に樅の木で儲けようと思っていたら、バブルが弾けてしまった、という話です。

 

留学で全財産を使い果たしていたので、どうやって食べていこうかと思いましたが、自分の強みを思い出して、営業の研修かコンサルならばやっていけるのではないかと考えたのが今に至るきっかけです。

 

井上 プロフィールのご紹介もかねて、さらに話は遡りますが、大塚さんはリクルートでINS事業部にいらっしゃいましたよね。

 

大塚 リクルート事件の舞台になっちゃった事業部だったのですが、リクルートが最初にやった情報通信、ITの事業部でした。同期が750名くらいいて、その半分近くがINS事業部に配属されていました。

 

井上 INS事業部に限らず、当時のリクルートでは、なんでこんな高学歴な人が、「どぶ板営業」をやっているのだろうということが普通にありましたよね(笑)。

 

大塚 私は渋谷営業所でしたが、隣の課では東大卒と京大卒の同期がどぶ板、飛び込み営業をしていました。本人たちは悩んでしまって、その後、ある人は私と同じくらいのタイミングで辞めて、今は公認会計士になって、大きな監査法人のパートナーをしていますよ。

 

 

 

プロフィール

  • 大塚寿氏

    エマメイコーポレーション代表取締役

    1962年、群馬県生まれ。 株式会社リクルートを経て、アメリカ国際経営大学院(サンダーバード校)MBAを取得。 現在、オーダーメイド型企業研修、および法人営業コンサルティングを展開する、エマメイコーポレーション代表取締役。 著書に『“惜しい部下”を動かす方法 ベスト30』(KADOKAWA)、累計28万部の『40代を後悔しない50のリスト』『30代を後悔しない50のリスト』『結婚を後悔しない50のリスト』(ダイヤモンド社)など多数。

  • 井上和幸

    株式会社 経営者JP 代表取締役社長・CEO

    早稲田大学卒業後、リクルート入社。コンサルティング会社取締役、リクルートエグゼクティブエージェントマネージングディレクター等を歴任。2010年経営者JPを設立し、現職。