TOP 【私が経営者になった日】村上清貴氏 33歳、ゼロからの出発だった。(2/5)

2019/07/29

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第2回

33歳、ゼロからの出発だった。(2/5)

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  • 株式会社村上農園 代表取締役社長 村上清貴氏

 

●全てをゼロから学ぼうと決めた。

90年代には村上農園は、売上約20億円、カイワレ大根のトップメーカーとなっていた。しかし、先代には子どもがなく、設備投資による7億円の借り入れもあって、銀行からは後継者問題を指摘されるようになっていた。

 

ちょうど東京でのサラリーマン生活に疑問を感じ始めていた村上氏は、いとこ叔父である先代から1年ほど口説かれたこともあり、1993年に村上農園へ転職する。

 

「とはいえ、私は息子ではありませんし、先代も元気です。33歳でしたが、今までリクルートでこうやってきた、ああやってきたとか、そんなことは関係なくて全てをゼロからやろうと決めました。社員は全部で50〜...

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プロフィール

  • 村上清貴氏

    株式会社村上農園 代表取締役社長

    1960年、山口県生まれ(旧姓:田村)。広島大学総合科学部卒業後、83年にリクルートに入社。入社2年後には、求人誌事業の宇都宮営業所のリーダーとしてその地区の実質責任者を任される。その後、リクルート内でNTT回線リセール法人営業担当後、88年にリクルート映像に異動し、営業課長、マーケティング企画課長などを経験。創業者である叔父に請われ、93年、当時カイワレ大根専業大手であった村上農園に入社。97年、O-157騒動による大幅な売上減により倒産の危機に見舞われるが、以来10年間、農場内に住み込み、再建を主導。この間、「豆苗」、「スプラウトシリーズ」を商品開発し、日本の市場に新野菜として定着させる。01年には国内初の本格的な機能性野菜「ブロッコリースーパースプラウト」を開発し、注目を集める。07年より現職。 好きな言葉:「勝者には偶然があり、敗者には必然がある」「ピンチはチャンス」